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目の前で、グラスに入ったウーロン茶をストローで啜る智則の瞳には、呆れと諦めが色濃く映し出されている。私はそれを眺めながら、テーブルの上のマグカップを手に取って口をつけた。中に入っているのは、一年前にミルクも砂糖も入れることをやめたブラックコーヒー。だけど私の舌は、未だにその苦みを受け入れることができずにいる。
「あのさ、もうやめたら?」
口の中でコーヒーを転がす私に、智則が問いかけてきた。
「やめたらって、何を?」
私は口の中の液体を飲み込んでから、そう問い返す。
「愛佳さんのこと、悪く言うの」
新田愛佳は五つ年上の、私の姉の名前だった。
愛佳は来月十八歳になる高校三年生。つまり受験生なのだが、私と姉は同じ、中学校から大学までのエスカレーター式の学校に通っている。要するに、私たちはよほどのことがない限り、二十二歳までの人生は既に軌道に乗っていると言うことができる。
共に行政書士の父母は、教育熱心な人たちだ。両親だけの小さな個人事務所はそれなりに繁盛しており、基本的に私たち姉妹は母型の祖父母に面倒を見てもらっていた。しかし満足に家族の時間を取れないことの代わりとでも言うように、両親は私たちへの投資を惜しまなかった。小学生の私たちは塾に通い、家庭教師もついていた。「今、頑張れば、将来が楽になるよ」と言うのは母の口癖だった。いや、それは今もか。
「いいよ、あんな奴。気を遣う価値もない」
私は吐き捨てるように呟き、それを見た智則は溜息を吐く。
愛佳はそんな両親たちの気遣いに甘えている。家ではテレビを見るか、ファッション誌を広げているかのどちらか。勉強もしなければ、手伝いもしない。髪型や洋服、自分を着飾ることばかりに執着し、内面を磨こうともしない。テストは赤点、補習の常連。毎年のように留年の危機。両親の一番の気苦労の種。
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