煙草の山を踏み潰す

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 家に戻ると、二階にある私と愛佳の二人部屋に彼女の姿はなく、しかし半開きになっている窓を見て、私は「またか」と舌打ちをする。窓の外に身を乗り出すと、屋根の上では愛佳が煙草を口に加え、煙をくゆらせていた。体育座りをする姉の傍には、何本かの煙草の吸殻と、黒を基調とした化粧品のようなパッケージの、長方形の煙草の箱。姉の視線は、右手に握られたスマートフォンの画面に向けられている。 「いいかげん、お父さんたちにばれるよ?」 「そしたら、何か困るわけ?」  声を掛けると、姉は振り向きもせずそう答えた。心ここにあらず、といった風な抑揚のない声。画面には、若者の間で流行しているメッセージアプリのやり取りが表示されている。愛佳の注意は、今きっとあの男にだけ向けられている。 「……彼氏?」  今度は声に出すことすらせず、頭を縦に振ることで愛佳は私の問いに答えた。  彼女は少し前から、私たちの通う学校の大学生と交際している。一度だけ、私は彼と愛佳が並んで歩いているところに遭遇したことがある。明るい茶髪の、いかにも遊び慣れているという風貌の男。私が申し訳程度に会釈すると、下卑た笑みを顔に貼り付かせながら、こちらに手を振ってきた。嘲笑。  姉は昔から勉強もせず、毎日ふらふらと夜遅くまで遊び歩き、そしてそんな彼女の周囲にはいつも男がいた。何もできない彼女は、しかし男にはもてた。 私は姉のようにはならない。なりたくない。きっと彼女は弱いのだ。弱いから、誰かに求められなくては生きていられない。私は彼女とは違う。私は自分の力で、己の存在価値を証明する。  ふと、煙草の臭いが私の鼻孔を撫でまわす。嫌悪。  私は愛佳に何も言わず、そっと窓を閉める。鍵をかけないのは、悲しいかな血が繋がってしまっている彼女への、せめてもの温情なのである。
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