さよならは言わせない

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さよならは言わせない

 風呂上がりに顔を合わせた。階段から降りてきたところなのと、髪が濡れたままの部屋着姿で。 「……修也、それ、やめろって何回も言われたくせに」 「いや、もうつい癖で。だんだん小言がオヤジに似てきてんね、真琴」  余計なお世話だ、と顔をしかめる。四つも年下のくせに、腹立つことにずっと真琴を呼び捨てにしていた。 「今日は親いないんだし、いいじゃん」 「なにがいいじゃん、だ。気にしたこともないくせに」  はは、と笑い飛ばされる。イラっとするが、いつだって修也はどこ吹く風だ。 「俺、ちょっと出てくわ」 「はあ? ばれたら面倒くさいのに、なんで?」  厳格な父親は、二十歳を過ぎても子供が夕食後に家から出るのを馬鹿みたいに叱った。夜歩きは社会の恥、家の恥、会社の恥。夜遅くまで飲んでくるくせにあほほど言われて耳にタコができるくらい。  逆らうのは、得策じゃない。 「大体、明日だって大学なんだから、買い物ならそん時でいいんじゃ?」 「固いこと言わないでさ。真琴が黙っといてくれればいーんだから」  好きなもの買ってくるし、と付け足されれば、それ以上止める気は失せた。好きにすればと片手を振る。 「髪は乾かしてから行かないと風邪ひくから」 「丈夫が取り柄な修也君だけどなー」 「馬鹿」  すれ違って、シャンプーの香りが一瞬だけ香った。なんとなく見送った先で、曲がった廊下の向こうから扉の締まる音がする。あ、とそこで思い出した。好きなものを買ってくる、なんてうそぶいといて、こっちの希望を聞かないで出かけている。本当にふざけた奴だ。  折角だ。コンビニの期間限定スイーツで、高いのでも貢いでもらおう。  スマホを探して部屋に戻る途中で、修也の部屋の扉が開きっぱなしになっていた。なんとなしに覗けば、机の上にスマホが見えた。げ、と呻く。  見間違いかと思って悪いと知りつつ部屋に入ったが、黒い画面とカバーのないスマホは間違いなく修也のだ。隣には、なんと財布が置きっぱなしだ。 「……」  馬鹿さ加減にげんなりする。しょうがない、とスマホはジーンズのポケットに、財布を手にして追いかけるため、玄関へ向かった。手の中にある財布の軽さにちょっと驚いた。これでは高いスイーツは無理かも、とほかの候補を考える。
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