耳元で鳴る音

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耳元で虫の羽音が震えていた。 白井雪華が音を振り払うかのように頭を振ると、横に座っていた長濱旺輔は驚いたように顔をあげた。 「どうした?」という問いに、雪華は「何でもない」と答えながら、季節外れの蚊でもいたのかと辺りをさりげなく見渡す。 めくられたばかりのカレンダーは12月を示している。柔らかな光が、窓にかけられたレースのカーテンから射し込んでいた。天気予報のリポーターはこの冬1番の冷え込みだと大袈裟に伝えていたが、室内から眺める日差しはとても穏やかに見える。何の変哲もない日曜日の昼下がり。南極の氷を溶かしているという温暖化の影響が、最近同棲を始めたばかりのアパートにまで及んでいるのかと思うとなんだか可笑しかった。 「なんだよ、びっくりした」 「だから、ごめんって」 「書き損じたら、雪華のせいだからな」 旺輔が筆ペンを握りしめながら軽口を叩く。二人が面しているリビングのローテーブルには、光沢のある白い封筒が所狭しと並んでいる。そこに印刷された結婚指輪を模した金色のモチーフを、雪華は目を細めて眺める。封筒に貼られた90円切手。82円では届かない幸せの重さ。封筒の裏面には二人の名前が連なっている。
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