第一話 鋼の嘴(くちばし)

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2 鯖虎探偵社  たいへんだたいへんだ、やばいよ、せんせえ、たいへんだたいへんだぁ。  慌てた様子のまるまっちい小男が、池袋西口商店街を駆けている。そのままのスピードで赤いレンガ造りの細長いビルの階段をドタドタ駆け上がっていく。3階の踊り場には猫用の食器が整 然と並び、目やにをこびりつかせた三毛猫が残り少ないキャットフードを懸命に食べていた。男はその脇をおっとっととー、と通り過ぎてと目の前の部屋に駆け込んでいく。  ガチャッ、ドカドカドカ、バタン。そのドアの脇には銅板に刻まれた「鯖虎探偵社」の看板があった。男はぜいぜい言いながら裏返った声を出した。 「たいへんだ。先生、殺されちまった」  デスクの向こうで、一人の紳士が萩原朔太郎の詩集から眼をあげる。  ところどころ白髪の混じったきれいな七三頭に、細長い顎。大きな瞳は普通の人の眼より若干縦に長いようだ。顔をあげると同時に、その瞳はきゅっと細さを増した。この猫目の紳士は、鯖虎探偵社の社長兼唯一の探偵、鯖虎キ次郎52才だ。 「針筵くん、何事だい?」     
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