第一話 鋼の嘴(くちばし)

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 そのとき隣のダイニングから、なーお、という野太い猫の声がした。ゆさゆさと巨獣の迫力で姿を現したのは、一匹の大きなな虎猫だった。全長70センチはあろうかという奇跡的に巨大な猫は、ごろんと床に横たわると真っ直ぐに鯖虎をみあげ、鼻の穴を2回膨らませた。ごろんに鼻膨らまし2回は、おなかを掻け、という命令なのだ。  鯖虎はやれやれと椅子から立ちあがると、猫の傍らにあぐらをかき、そのおなかを掻いてやった。臆面もなく腹を放り出して恍惚とする巨猫。だいぶ毛づくろいをサボった、ぼっさぼさの尻尾が、別の生き物のようにぐいっぐいっと動いて、その腹からは抜け毛と埃が盛大に舞った。 「ほいほい、殺人事件だにゃー、とめきち」  巨大虎猫とめきちは、ガ.ラガ.ラ、とことさら大音響でのどをならした。 「先生.、でか猫構って、まったりしてる場合じゃないっつうの」 「そんなに気になるの、針筵君」 「ういっす」 「気になるならまぁ、しかたないにゃー」 「にゃーっすよ」  鯖虎探偵も重い腰をあげたようだった。  死んだ依頼人の名は山田一郎。工夫がなさすぎて逆に忘れる事のできない名だ。年齢は29才。依頼内容は人捜しだった。  三ヶ月程前のある日、山田一郎は鯖虎探偵社のドアをおずおずと開き、ごめんください、と言った。針筵がパーテーションの向こうから出てきて、あ、ご依頼ですか?と問うた。一郎はハイ、と特徴のない声で答えてもじもじと立っている。どうぞこちらへ、と針筵は依頼人を招き入れた。  ソファに座った彼はあいかわらずもじもじしていた。     
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