気づかぬまま、歩く男

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 なぜ、俺はこんな場所を歩いているんだろう。少し前までは家で豪勢な食事を楽しんでいたはずなのに。慣れ親しんだ実家でひとときの休息を楽しみ、家の匂いを懐かしみ、美味い料理に舌鼓を打ち――そして、帰ろうとしただけだ。  待て、帰るとはどこに帰るんだ。そもそも俺は家に帰ったはずだろう。辿り着いたはずだろう。そこからどこに帰る場所があるというんだ。  頭がはっきりしない。霞がかかったようにぼんやりとしている。  だが、歩みを止めるわけにはいかなかった。遠く先に見える人間の村の明かり。そこにたどり着くことができれば、この不愉快な暑さから逃れられるはずだ。  だから、俺は歩いた。前だけを見て、脇目も振らず、口から熱い息を吐きながらただただ足を動かす。  残り少しの力を振り絞って、血の滲む足を動かして進む。  もう何十日歩いたかわからない。もう何度心が折れかけたかわからない。  それでも、夏の夜道は終わらない。終わってしまえば落ちてしまう気がした。  だから歩く。  ただただ歩く。  どこか遠くから、牛の鳴き声が聞こえた気がした。
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