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早くシャワーを浴びて布団に飛び込みたい。いつも疲れてはいるが、今日の仕事は特に疲れた。俺の仕事のテーマは『いきいきと失敗して、怒られたら一瞬でMになる』なのだが、切り替えがうまくいかず、ダメージを回避できなかった。
フロントの女性に会釈して、ホテルの前につけられたタクシーに乗り込む。
何も言わずとも察してくれた年配の運転手は、愚痴る前から慰めてくれた。
「本当にわかりにくいですよねー。僕だったら全然違う名前つけるのに」
「ええ本当に」
男性運転手は誰かに似ていた。思い出せそうで思い出せない。
「でも、お客様にこういう事を話しては何ですが、タクシーっていうのは間違えた場所から正しい場所に運ぶことが結構あるんですよ」
「そうなんですか」
「コンサート会場の勘違いは多いですね。なかには、結婚式場の間違いなんてのも」
思い出した、誰にも似ていないあの俳優に似ているのだ。名前なんだっけ。
「皆さん焦っているでしょうねえ」
「ええ。そりゃあもう」
思い込みっていうのは、大切なチケットや、招待状にも勝るのか。
「ただ前に一度ね、逆のパターンがありました」
「どういうことですか?」
赤信号で止まると同時に、俺の思考も一度止まった。
「合っている場所から間違った場所に向かうお客様がいたのです」
「え?」
「あるレストランの前で、手をあげていた女性のお客さまがいました。黒く長い髪に白っぽい服の幽霊画のような美人さんでした」
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