勇者は人を殺します

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 汚物と血液、折り重なる屍骸によって地面の色は満足に覗えない。元より衛生、清潔といった概念には縁遠く、入り込んだ表通りの人間、或いは依頼で訪れた高ランクの勇者の顔を顰めさせる場所であったが、劣悪此処に極まり、か。  其れなりに死体も見慣れ、血は当たり前の様に見慣れている裏通りの住人でさえ直視し兼ねる惨状。加えて鼻を刺す異臭にも同様に慣れっこだろう彼等でさえ、鼻を摘み、顔を顰めるだろう程の悪臭。  誤って鼻呼吸でも行えば卒倒するか、其処迄に至らずとも胃の中身を全て吐き出すか。最悪、あまりの異臭にショック死する者がいるやもと危惧する人間が出たところで、誰も其の人間を笑わないだろう。  そうした醜悪の極みたる惨状の中、酸素に触れ変色した血液とも、数分前は誰かの体内に行儀良く収まっていた臓器とも、生理的反応或いは心因的な物によって撒き散らされた汚物とも。何の上にか、或いは本人にさえ定かでない上に、悠然と佇む男が1人。  無論、此の惨状を数分で作りあげた張本人たるリシファである。  リシファはまるで異臭にも、汚物にも、転がる屍骸にも関心を寄せず、1人の首を裂いてからパーティ壊滅に至る迄駆使し続けた愛剣を眺めていた。  当然と言えば当然であるが、無茶な、本来想定された事以上の扱いを強いた愛剣の刀身は、血液や肉片で汚れている。立派な輝きは既にナリを潜め、赤黒い液体が脂によって気味悪くてかっていた。  誰しも自身の武器が汚れる事は喜ばしい事では無い筈だ。だからこそ手入れを怠らない。血を付着させたままというのは不衛生であるし、何より今後の戦闘に於いて切れ味にも影響する。此れ程文字通り血肉に染まった剣を手入れするのは、其の道に通じた人間であっても骨が折れる作業だろうし、いっそ剣其の物を買い替えてしまった方が早い様にも思える。新品の剣がまた手に馴染む迄の時間を踏まえても、だ。  しかしそうした事などまるで手間ではないと言う様に。傍目に見れば酷く理解に苦しむ光景だろうが、リシファは、自らの汚れきった愛剣を見つめて、満足そうに、心底から嬉しそうに、笑ってみせた。  ……尤も此の惨状の中、平然としていられる時点で常人の認識からは、心底理解出来ぬ光景であるし、元を正せば此れだけ残虐な行為を成したというのは暗殺者でさえ多少尻込みするレベルである為、リシファを理解出来ないというのは今更であるが。
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