勇者は人を殺します

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 ひとしきり笑った事で気が済んだのだろう、リシファは自宅へと向かう。無論あれだけの惨殺を成したのだから後始末についても怠るつもりはないが、今は何より自宅へ戻る事が先決であった。  裏通りには呪文を施している為、余程のランクか、高レベルの識別系スキルでも無ければ看破は不可能。もっとも先述の理由で近寄る人間も少ない為、あのまま放置していたところで露見しない可能性も十分あったが、念には念を、というところか。  最悪露見したら露見したで好都合な面もある。リシファを疑い、追ってきた役人共を剣の錆へと転じさせてしまえば良い。あの少年と対峙した際の楽しみこそ得られないだろうが、引き起こす惨劇は多ければ多い方が良い。10倍?20倍?其れでも足りないくらいである。少なくとも、リシファの心情的には。  暫く歩いた後、リシファが足を止めたのは荒野の片隅。  見渡す限りでこぼことした地面が続き、家など影も形も見当たらない。しかしリシファは迷い無く道を塞ぐ、大きな岩の前に立つと何やら呪文を口にした。其れを受けた大岩は、さながら自動扉の如く真ん中から割れてするすると開き、リシファの前に空間を晒す。  先程迄1つの大岩、今や2つの、半分となっても十分に大岩と表せる程の岩が作り出した割れ目は、酷く暗く、とてもではないが先を見通せそうにない。肉眼では勿論、魔法で威力を増した松明も、魔法其の物も無意味である。  其れを本能的に理解させられる暗闇には、どれ程の猛者であってもつい躊躇させるだけの恐怖が存在しているものだが、リシファはそんな物微塵も感じていないとばかりに何ら躊躇無く進む。自宅である為当然と言えば当然であるが、此れがただのダンジョンであってもリシファは入る必要がある場所であれば、躊躇など見せない。  無謀でも勇敢でもなく、必要があれば出向くだけなのだ。加えてS+のランクを得てしまえば、警戒などせずとも一瞬で強力な魔族も灰と化す為、躊躇う必要も警戒の必要性もないのだが。  Sに至れば神格級と勇者達は噂するが、神かどうかはさて置き、人間を辞めている様なものではあるやもしれん。散々人助けに奔走した結果が「人間辞めますか?」とは救いが無いと言うべきか、中々に皮肉と言うべきか。  一応はS+ランクである以上リシファも他人事ではないが、其れを踏まえてもリシファにとってそんな事、如何でも良い瑣末事だった。
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