勇者は人を殺します

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 先ず辿り着くのはただただ広大な空間。部屋とは呼び難い其処は、しかし床壁天井で仕切られた空間を部屋と呼ぶのであれば、確かに部屋なのだろう。  其の広大さをまるで生かす様子はなく、家具どころか小物の一切が置かれていない。ただし壁の1面だけが、さながら祭壇の様に飾り立てられている。  勇者の家が皆、こうした風なのかと問われれば、無論違う。勇者の中にも言い伝えられる神々はおり、それぞれに信仰している神が居る物もいれば、其の神の為に自宅へ祭壇を構える者も居る。尤も其れはリシファの自宅の様に大仰ではなかったし、リシファの祭壇に在るのは神々の像ではない。  巨大な永久凍結氷に閉じ込められた1人の少年。  瞳は閉じられているが、それでも顔立ちが整っている事がよく分かる。白い肌に男にしては少し長めの、項が隠れ、頬に毛先が触れる程の長さを持った黒髪が映えている。  しかし此の少年の身体的特徴は整った容姿だけに留まらない。胸から上腹部に掛けて大きな穴が穿たれていた。  其の穴には、まるで臓器や血肉等人体の中身といった概念がないのか、ただ空っぽで空虚。穴から向こう側が覗えてしまう。  人体構造を無視した光景に或いは何らかの神像かと考える者もいるだろう。そう思った方が遥かに心的外傷を追わぬのは確かである。残念ながら勇者内で信仰者の居る神々の中に、こうした神像が作られる神は居ない。勇者に限らずとも結果は同様であり、此れは偶々目にした誰かに心的外傷を負わせる事になろうと、紛れも無い生きた人間の氷付けである。  尤も胸から腹に掛けての大穴を抱え、永久凍結氷の中に封じられている現状を生きていると評して良いかは甚だ疑問である。穴の位置からして心臓もぽっかりと抜け落ちているだろう。 「ただいま、レア」  リシファは氷付けの少年に向かって穏やかな微笑み、愛しむ眼差しを向け、静かに告げる。少年はぴくりと動く事もなく、自然の結果として何の返答も寄越しはしない。  リシファにとって何度と無く繰り返された事であり、今更落胆する事でも無い筈だが、やはり思考と心情は異なる物で胸の奥が僅かな痛みを一瞬だけ訴える。一瞬だけであるのは此処で嘆いていても仕方が無い事をリシファ自身痛い程に分かっているから。  嘆いている時間があればリシファは何をするべきか、分かっている。どれ程悔しく、悲しくとも其れを失念するつもりは毛頭無かった。
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