勇者は人を殺します

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 鞘から愛剣を引き抜く。多少大きめの鞘を使っている為剣はすんなりと、半ば落ちる様に引き抜け、刀身の汚れも変わらず其の儘だ。鞘に血痕や肉片が付着しているという事もない。  先程の惨殺による汚れ。成果と言えば成果が残る刀身を永久凍結氷の方へ示す形で、リシファが掲げると同時に、刀身は黒く発光し、其の儘どす黒い光が一瞬、広い部屋全てを覆うかの勢いで、爆発でもしたかの如く拡散した。  もしも直視した者が居れば容赦無く視力を潰し、もしも其処にリシファ以外の者が居れば肉はミンチ状、骨は粉末状に迄至っていただろう。コンパクトで良いし、リシファとしても其れ程の惨状は常時であれば多大な興味を惹かれるのであるが、現状のリシファに雑事を介入させる余地は無い。  願う様に只管氷を、正確に言えば其の中に眠るレアの愛称で慕われていたレイティシアを見つめていた。  直後レイティシアの身に起きた変化は、常人では目視する事さえ敵わぬ些細な物。  否、観察眼に優れた高ランクの勇者達でさえ其の変化を見抜く事は出来ぬだろう。唯一其の変化を鋭敏に悟れるリシファは、思わず溜息を漏らした。  此の結果は分かってはいた。十分に予測していたものの、やはり溜息を漏らさずにいられない。未だ足りないという事実は、己が腕に抱えているのがレイティシアでなければ寧ろ、より興奮を、より幸福を抱いて、唇も愉悦を描こうというのに。  腕に抱えているのがレイティシアであるが故に、リシファは酷く此の結果に焦れる。  誰に向けてか、何に向けてか、リシファ本人でさえ此の短いとは言えぬ期間で分からなくなった舌打ちを漏らし、愛剣を鞘へと戻した。態度と表情は如何にも憎憎しげ且つ何処か疲労と落胆さえ窺えるものの、其の手付きはあくまで丁寧其の物。  リシファの愛剣は再び鞘に戻される直後、見事な迄に光り輝いていた。先程の汚れなど、端から存在しなかったとでも言わんばかりに。  しかしリシファの剣は確かに汚れきっていた。先程壊滅させてきた、初心者パーティの血肉で。輝きは脂ぎった汚い物に、見事な迄の銀の刀身は赤黒い錆色に転じていたにも拘らず。  其の汚れは何処へ消えたのか。其れが先の、レイティシアの身に起こった、超人であっても看破不可能な程些細な変化にある。  彼が抱える穴の、腹部側が、ほんの僅か。僅か、と言うにもおこがましい程微量、塞がっていた。
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