勇者は人を殺します

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 殺す側に対してである。  万一に相手が不幸の底に居たとしても、死が解放であり、殺害に因って救い出したのだとリシファは思わない。勇者が信仰する神の中にはそういった存在もおり、介添えが本当に悪であるのかと問われれば疑問が浮上する所ではあるが、少なくともリシファについてはそうした考えを持ち合わせていない。  あくまで殺したいから殺していただけだ。現状は魔剣の効果を引き出す為、レイティシアを蘇らせる為だけに行っている惨殺。其処に被害者に対する感情は皆無であった。  あの少年はそんな理由かと衝撃を受けていたが、リシファが人を惨殺する際、理由なんて其の程度だ。目に付いたから殺す。あのパーティを狙った事も、正しく其れだけが理由であった。偶々目に付き、魔竜を嗾けるのに丁度良い環境、適切な相手だった。其れだけである。  相手が生きている環境。相手の未来。一瞬たりとも考えた事はなく、一瞬たりとも憂いた事はない。今迄そうして生き、そうして殺してきたにも関わらずあの少年相手には、歯向かう相手が居る嬉しさどころか、未来について考えさせられた挙句、或いは此処で死んでしまった方が、等という今迄であれば絶対に抱く事の無かった思考さえ抱かせられるとは。  良い悪いをさて置き事実のみを端的に語れば、初めて尽くし、といった所だろう。  初めて尽くし。  思考し、辿り着いた言葉にリシファは頭を抱えたい衝動に襲われる。しかし其の衝動は今更だった。  或いはあの少年は此処で死んでしまった方が良かったのかもしれない。今迄であれば、そして恐らくは此れからも滅多な事が起きぬ限り抱かないだろう思いを抱いたのは、其の所為であるとリシファ自身分かってはいる。  あの少年は、現状こそ近距離での鑑定スキル等が精一杯の若輩者であったが、将来有望な勇者の1人であろう。あのパーティの中で才能を筆頭にした持ち合わせている物というのは、彼が1番抜きん出ていた。将来的にA+は下らない有能な勇者になるであろう未来。  そして、有能過ぎる勇者の行き着く先を嫌と言う程身に染みて分かっているリシファには、あの少年の死体を見下ろしていた際、確かに今、氷の中で穴を抱えて眠るレイティアが重なった。  リシファに様々な初めてをくれたのが、レイティシアであった事も影響しているだろう。
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