少年は人を殺します

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 最古の記憶でさえ血のニオイと頭から被る血飛沫、人間の臓器へ刃物を突き刺した感覚という物が付き纏っている。幸か不幸か其処に恐怖の一切が無いあたり、世間一般から言わせれば余程歪んでいるのだろう。  どれ程のお人好し、どれ程の性善説信者であっても己を前にすれば逃げ出すであろうと、10を前にリシファは自己を正確に認識していた。  生まれた事が誤りであると唱える者も居た。あまりに耳元で喚かれるのは煩わしい。そう思えば堪える事も無く、ただ手近にあった何かを振り上げれば良かった。先端と呼べる物が存在する物であれば、柔い肉を着地地点にすれば良い。固い物重い物であれば頭蓋を狙い落とせば解決である。  リシファは其の行動を微塵も疑わなかった。血飛沫も、骨の折れる音も、中途半端に引き摺りだした腸も、リシファに恐怖や不快感を抱かせるには及ばない。却ってリシファを同情し、過去に何かあった筈だ、前世で何かあったのだと理解者ぶる声の方が遥かに不愉快で。  其の点、両親は利口だったのだろう。或いは臆病だったのか。リシファに対し、付かず離れず、リシファが不快感を抱かぬ距離感を保ち続けたのであるから。  尚、リシファに悲劇的な過去は無い。  ただリシファですら記憶にない程の幼い頃から武器には関心があったらしい。剣に近付き、恐れる様子も見せず柄へと触れる。  両親や周囲の大人は危ないと叱責しつつも、此の年頃から武器に関心を示すとは将来有名で高名な勇者になるやもしれぬと、誰しもが期待していた。まさか殺戮者の才能の片鱗であるとは、誰1人とて見抜けなかったのである。  小さな村ではリシファの事を知らない者はおらず、皆、リシファを刺激せぬ様に振舞っていた。だから基本的にリシファは1人である。  尤も其れを独りぼっちで寂しいと感じる事もなく、時折誰かが多少怯えながらでも会話相手になって退屈を凌いでくれていれば、まあまあ快適だった。其れでも時には人の血肉や腸が恋しくなり、頭蓋の砕ける音を子守唄の代用にと惨劇を引き起こしてはいたが。  しかし適度な距離を保ってくれる村人達迄、不快な事をしてもいないのに殺すのには流石に戸惑いもあった。そうしては此の穏やかな生活が守られなくなるかもしれないと危惧したのだ。  そうなれば必然的に他の村からやってきた旅人や勇者を狙うワケで、妙な噂が流れるのは、リシファが精一杯自制しても早かった。
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