勇者は少年を掬います

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 リシファが好むのはあくまで惨殺であり、其れは自分が行うからこそ好ましい。誰かが誰かを惨殺する様を観戦したところで面白味もなければ興奮もしない。誰かに自分が惨殺されるとしても同様である。  此の手で誰かの腸を引き摺りだし、血を撒き散らす事が楽しいのであって、誰かが脳を潰す様を指を加えて観戦しているのも、自分が誰かに臓物を引っ張り出されるのも面白くないのである。  今迄であれば其の可能性を考えた事などなかった。リシファにとって自分を処分すべく訪れた誰かを危険視する必要は無かったのだ。もしも誰かがリシファを殺そうと刃物を掲げたのであれば其れで相手の心臓を貫けば良し。振り上げられたのが鈍器であれば、頭蓋を叩き割ってやれば良し。  そもそもリシファの不意を突き完全に抑え込む等、少なくともどれ程の力自慢であっても一般人には無理な事であり、勇者という存在が今の今迄身近でなかった以上、正しくリシファには警戒の必要が無かったのである。例えば、そう。人間が足元の小さな虫、蟻に恐れを成さない様に。  しかし蟻に噛まれた事がある者であれば、多少なりとも警戒する様に。  言ってしまえばリシファは今正に蟻に噛まれた状態である。尤も蟻と言うにレイティシアの力はあまりに強大に思えたが。少なくとも侮っていたという意味ではリシファの心情を評するに適切と言えなくはない喩えだろう。  そして今迄気にも留めない蟻は語る。自分よりももっと強い存在の事。其れ等が束になってリシファを噛み付き(嬲り殺し)に来る可能性。  勇者としては十二分とは言えB+のレイティシアでさえリシファの惨殺を易々と妨害した。1つ2つ言い訳をするのであれば最近惨殺を成せない事で苛立っていた。最近惨殺を行っていない所為で腕に錆が来ていた。そうした面は皆無というのは難しく、微量ながらもリシファの手元や気を狂わせたやもしれぬが、リシファは些細な慢心で乱れる程真剣に殺戮を行っておらず、あの抑え込み様は些細な手元の狂いで招く結果ではない。  要は完全に実力差である。まさか惨殺の技量向上など考えていなかったにも関わらず、こんな形で足元を掬われた挙句現実を突き付けられるとは。  レイティシア相手であの有様。レイティシアよりランクが上の勇者となれば、リシファの心臓を貫き、腸を引き摺り出して、脳味噌を磨り潰す等難しい事では無いだろう。
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