勇者は人を助けます?

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 無論、其の判断も命取りである。  尤も彼等が本気で逃げ出すなり、本気で立ち向かうなりした所で、リシファに敵う事は無いだろうから結末に変わりはないだろうが。  つい先程迄、命の危機に逃げ惑い、震えこそしていたものの確かに共に生きて、共に危険を脱しようとしていた仲間。共に腕を上げて、ランクを上げて立派な勇者になろうと誓い、今日は初めてステップアップを図ったダンジョンへ出向くつもりだった。些細な1歩。それでいて、ギルドも先輩達も大切だと言ってくれた1歩を踏み出す為に。  それなのに、何処で狂ってしまったのだろうか。此の勇者に出会った所か。逃げ込んだ先が裏道だった所か。はたまた、本来会う筈のない舗装された道で、上級者向け魔獣、吸血竜に遭遇した所か。  ある者は首を切られ、ある者は胸を貫かれ、ある者は体の中身を引き摺り出され。  裏通り独特の異臭なんて比じゃない。濃い血の臭い。排泄物の臭い。吐瀉物の臭い。其れ等が混じり合い、とうに吐く物なんてないというのに、最早胃液さえ出し尽くしたのではないかと思う程嘔吐したにも拘らず、尚吐き気が込み上げる。  パーティ唯一の生き残り、奇しくもリシファの鑑定を試みた少年は、仲間の死、異臭、嘔吐のし過ぎとで潤んだ目を、しかしリシファに睨み付ける様に向けていた。  とは言え、最早立つ事すら出来ない。吐瀉物、嘔吐物、血液で益々汚れた、元より汚らしい裏通りの地面に情けなく座り込むのみ。恐怖のあまりの失禁で下着もパンツさえも濡れていたが、其れに不快感を抱いている様な余裕はない。  情けない、と彼は思った。  仲間を無残に殺されたというのに、相打ち覚悟で飛び込む事も出来ない。掠り傷の1つも付ける事が出来ない。ただ汚泥に塗れて、糞尿に塗れて、座り込んでいるだけだなんて。  しかし少年の心情とは裏腹に、或いは其れを見抜いて尚嘲るかの様に、リシファは笑っていた。 「ちょっとびっくりっすね。其処迄怯えていながら、まだオレを睨み付けるだけの元気があるとは思わなかったっす!」 「う、うるさい……っ」  言い返す言葉にも覇気はない。暴言さえまともに返せないなんて、幾ら大幅且つ絶望的なランク差があると言っても情けなさも此処に極まりだ。  頭脳面に秀でているのであれば、今こそ、せめて暴言だけでもマシな物を叩きつけねば如何する。そう思っても、恐怖と混乱に満ちた頭脳は応えてくれない。
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