勇者は人を助けます?

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 しかし現実とは非情に残酷である。  新米勇者の憧れにして高嶺の花。中堅勇者の目標である上位ランクを付けられたリシファは、少年の訴えにも軽く笑ってみせる程度であった。  彼の言葉が何処かに響いた様子もまるで無い。正に文字通り、痛くも痒くも、と言った所なのだろう。  だが本人の弁通り、あの惨殺を前にして、圧倒的な脅威を突き付けられて尚、立てる余力を無くそうと、誰のとも分からぬ血潮糞尿に塗れ、服と言わず、靴と言わず、顔と言わず。頭の天辺から爪先迄もを汚していても。  リシファに抵抗の意を示し、何とか言葉を投げ付けてやろうとする態度は余程珍しい物であったらしい。此の場に見合わないながらも其の顔に喜色が湛えられている事と、 「うん、アンタは結構楽しませてくれたし、特別に教えてあげるっす。アンタ達は何もしてないよ。こんなんじゃ納得出来ないだろうけど、強いて言うなら偶々目に付いた、っていうのが理由」 「そんな、理由で」 「そんな理由っす」  弾んだ声で分かる。  同時、殴られた様な、それこそ脳味噌を直接殴られたかの様な衝撃。酷く気持ちが悪いのは、異臭の所為でも此の惨状の所為でもないだろう。  座り込んでいて良かった。もし立っていたら、情けなくよろめいて膝を着いていただろうから。元から倒れてしまっている分には、此れ以上の醜態を晒す事も無い。  それにしても。理由が如何であっても此の惨殺は受け入れ難い事実であるが、せめて何らかの理由があって欲しかった。偶々貴重な魔法草をパーティの誰かが先んじて採取してしまったとか。ギルドで話す声が気に触ったとか。肩がぶつかったとか。言い掛かりでも良いから。  そんな偶々という理由で惨殺されるなんて、あまりに救いが無さ過ぎる。  少年の衝撃もお構い無しに、其れとも追い詰めて楽しんでいるのか、リシファは言葉を続ける。笑顔さえも絶やさない。 「あと、勇者は人を助ける、だっけ?」  其れ迄、大抵の場合は嘲りを交えながらも楽しそうに話していたリシファの顔が歪んだ。  此の状況で浮べる笑顔は歪んでいると言って良いだろうが、そうした、状況及び心情に影響されての判断ではない。純粋に、単純な事実としてリシファの顔は歪んだ。  憎らしくてたまらないとばかりに。口に出すのも忌々しいと言わんばかりに。そうしてリシファは、其の表情に見合わぬ穏やかな声で、吐き捨てた。
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