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にせもの。
「素晴らしい歌でしたよ。ぜひうちと契約させてほしい」
夢にまで見た歌手デビュー、こんなにすぐに達成されるとは思わなかった。
「ただ……」
前を歩く女子生徒の会話を聞きながら、こけないようにして階段を上る。
「そういえばAKIの新曲、聴いた?」
「聴いたよ、今回もよかったよね??同い年とは思えないし」
「恋愛の曲も書けるとは思わなかったな。かわいいし、彼氏いるんじゃない?」
彼女達が大きな声で話しているのは、後ろを歩く足音のせいだ。
長く伸びた黒髪に、黒縁の眼鏡。
「彼氏といえばさー」
一気に感じる、視線。
「秋本さんって、なんで彼氏いるんだろうね」
おまけに、左脚は人工物。
「珍しかったからじゃない?」
そうかもしれない。
クスクスと笑いながら駆け上がっていくのを見上げながら、今日の予定を思い出していた。
AKIは、現役女子高生のシンガーソングライターとして、多くの同世代女性に支持されている。
彼女のトレードマークは明るい茶色の髪と、ロングスカートとスニーカー。
居場所を求める少女の、ストレートな歌詞とその歌唱力が話題を呼んでいる。
先日発表されたドラマの主題歌は、初めて恋愛をテーマにしたもので、新境地を開いたとされている。
「アキ、また階段使ってんの?」
「先行っててって言った」
「だから行ったけど、もう5分前だぞ」
そのくせまた階段を降りてきては自分を探しにくる。
そんな姿が、見ていて面白かった。
「とりあえず3階まで上って、エレベーター使うぞ」
「はーい」
告白は、向こうからだった。
話していて楽だから、付き合ってくれませんか。
話したのは委員会が同じだからだし、教室の隅で本を読んでいる自分と、その中心で笑う人とは世界が違う。
私の格好が面白いからでしょう?とは聞けなかった。
そうだよと言われるのが怖かったからかもしれない。
「今日は部活がすぐ終わるからさ、ちょっと待っててくれない?」
「ごめん、今日は用事がある」
さっさと帰って勉強しやがれ赤点野郎 と毒づくと、誰もアキのおもしろさ知らねえよな と笑われた。
「そういや、今日の音楽番組、俺の好きなバンドが出るんだけどさ」
イキイキと自分の好きなことを話してくれる姿が眩しかった。
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