1人が本棚に入れています
本棚に追加
賑やかな廊を早足で進みながら、最奥の部屋に入る。
「頼まれていた分ならできましたよ。ついでに、破れそうだった肩口も、当て布をしておきましたから」
忙しく動く手元を見て、器用だなと呟いた。
「姉上に教わってたんです」
子どものように振る舞い、あの剣遣いをするというだけでなかなか独特な男だと思っていたが、裁縫の腕までいいとは知らなかった。
「次は何をしている」
市村が布を断ち、沖田が縫う。
少なくとも自分がその姿を見るのは彼が刀を捨ててからだった。
「雑巾ですよ、土方さんが全部市村くんに押し付けるから」
申し訳なさそうに市村が俯く。
だから原田たちが張り切って雑巾掛けをしていたのかと、今更のように思い出した。
「土方さんは常に女性に囲まれていましたからね。当たり前のように縫い物が出てくると思ってるんですよ。許してあげてくださいね、市村くん」
「オイコラ、勝手なこと吹き込んでんじゃねえ」
でも否定はできないでしょう と1人で笑う。
剣を持たなくなって、稽古もしなくなって、やはり以前よりしぼんでいるように見えた。
もちろん、弱り切った姿とは間違えるものではあるが。
というか……色っぽくなった、のか。
「君の望み通りかもしれませんよ」
沖田に連れ戻された山南に、切腹を告げた時。
謹んで受ける旨を述べてから、「沖田くんのことですが」と口を開いた。
ちょうどその時期、沖田には噂があった。
池田屋で卒倒した後、近藤は武田観柳斎にではなく医者に沖田を診せたこと。
2人が恋仲であるとか、沖田が女であるとか。
近藤は女に夢中だったし、沖田は1番隊の組長だった。
それ以上の証拠も結論もない。
「沖田なら抱ける」と卑しく話す新参隊士もいた。
「稽古嫌いの沖田くんに勝ってから言ってみたらどうです?」
と彼らににこやかに対応していたのが山南だった。
「よく言うぜ、女だったらモノにしたいとでも思ってるくせに」
あの男が、弟分に想いを寄せていたのに気づいたのは、いつだったか。
「君に言われたくありませんよ」
彼の介錯に沖田を選んだのは、単なる偶然だった。
新政府が沖田の身元をここに許すのはあと三月。
近藤は気を揉んでいるようだが、実家もあるし所帯も持てるためか、本人に焦った様子はない。
「そういえば市村くん、あの娘とはどうなったんですか?」
もっとも、考えていることは全く読めないが。
最初のコメントを投稿しよう!