戦い

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戦い

仄明るく星もちらつく夜明け、生を噛み締め金属の棒を持って立ち上がる。狩りをするには邪魔者が少ない良い時間だ、なるべく物音を立てずに魔物を探しに行く。 変な夢を見ていた気もするがあまり思い出せない、思い出せないと言うことは重要でも無い筈なので気にしない方が良いのかも知れない。狩りに集中する前に考えることじゃ無い、今は忘れておいた方が集中出来る気がする。 しばし森の入り口を彷徨い木の実など採取する、これは人間が食べるようなものでも無いが食べようと思えば食べられる。獲物を誘き寄せるための木の実だ、苦いのであまり食べたくは無いが獲物がとれなければ今日のご飯になる予定だ。 生きる為に食べる、しかも人間である為に食べ方も選ぶ、その行為だけは魔物と一緒であってはいけない。 スラムの人間は普通の貧民から犯罪者まで幅広くいる、お陰で平民から上の身分の者に魔物と変わらない扱いを受ける人だって少なくない。 「クソッ……」 何もかも脂を蓄えたあの貴族のせいだ、スラムへの直接的な被害は全てグラッサとか言う奴が悪い。国に仇成す魔物を成敗すると大声で笑いスラムの人間に手当たり次第に魔法を放ち、その被害者に子供がいればお金を使って捕まえさせて家に持ち帰る。お金持ちに保護されると言えば聞こえはいいが、嫌がる子供を人質として捕らえて親に様々な命令を出しているのだ。 ギルドを建てる時にお金を出したのもグラッサだと聞く、直接的にも間接的にもスラムを国から消し去るつもりだ。 生き残るにはグラッサと正面切って戦うか、魔物に怯えながら山を抜けて別の国へ移るしかないだろう。 人の集まる場所には魔物はあまり現れない、なので人間が生きていくには人が集まる場所から離れる事が出来ないのだ。 「どっちにしても、たたかう力がひつようだ」 などと考え事をしていると草をかき分ける音が耳に届いた、木の実の匂いに釣られて獲物がこちらに向かってきているのだろうか。 足音は重く、息遣いも荒い。姿は見えないのでまだ動いてはいけない、エサを食べるその瞬間まで息を浅くして気配を殺す。 見えてきた獲物の名前はハイイロワタイノシシ、焼いた肉は固いが味は悪くない。そしてふかふかの毛皮は布団にもなる、食べる以外に利用価値があるので優先度としては最上位に入る獲物だ。 「オレは……生きる!」 イノシシが木の実に口を付けた瞬間、木の陰から飛び出して金属の棒をイノシシの頭に叩きつける。 突如として振り注いだ重い一撃に驚いたイノシシは足をもつれさせながらも逃げるように駆ける、不意打ちによる大ダメージを与えたと思ったがこれだけでは仕留める事は出来なかった。 「にがすかよっ!」 すぐさま近くにあった拳よりも大きめの石を掴み取りイノシシに投げつける、金属の棒を持って走ると追いつけそうもないので使える物はなんでも使う。狩りで鍛えた投擲はイノシシの足を捕らえる、足を封じたら逃げる事は不可能だ。 「とどめだ!」 完全に足を止めた時、すかさずイノシシへとまたがり刃物をイノシシの首に刺す。この刃物は壊れた槍の先っぽで、ナイフの代わりになるとゴミ置き場から拾ってきた物だ。 「やった…今日はいつもよりすんなりと行ったぞ」 生きる為にゴミを漁る事を覚えてそこで終わると思っていた、それだけじゃお腹は膨れなかった。ネズミやウサギを狩って食べる人を見て学んだ、貪欲に生きるのでは無く生を楽しんでる姿から勇気と知恵を得た。 「チヌキしなきゃな」 最初の何度かは血抜きをせずに食べていたが、どうにも美味しくないと思って気付かされたのが血抜きと言う作業だ。何よりも血抜きを怠ると食べても吐き戻してしまう事があるのが問題だ、早速仕留めた獲物を蔓植物で作ったロープで縛り上げ川辺へと急いだ。 大きな獲物は持ち運ぶ事は出来ないので必然的に引きずることになるが、土まみれになっても洗いながら獲物を解体するのでそれは問題ない。 「それにしても大きいな、これだけ大きければ3日はだいじょうかもだな」 毛皮にしても大きくて使いやすいだろう、新しい服か、寝床をより良い環境にするのも良いだろう。 残念ながら売ると言う発想は今の所ない、その理由は単純に買ってくれるような人が知り合いの中にはいないのだ。仮に安くても買ってくれる人がいたら別の夢が広がっただろう、頭と足とクビに傷が入っているが大した問題にならないくらいの大きさは十分にある、街の人にとってお小遣い程度の料金でも貧民には小銭と呼ぶには少し多いくらいの料金にはなるだろう。 「うえっ…まだじょうずにはいかないか…」 知識を身につけていようとも技術は素人そのもの、毛皮を傷付けまいと恐れて一部の肉を無駄にしてしまうのだった。 「ちょっとじかんをかけすぎたかな、早くかえろう」 時間をかけ過ぎれば辺りに血の臭いが広がってしまう、血の臭いが広がれば肉食の獣が集まる事も少なくないのだ。それと関連してブンジロウは帰り支度をしながらイノシシの内臓を草木の陰に捨て始める、少しでも肉食獣の足止めをする為にわざと餌場となる場所を作ったのだ。 ブンジロウは肉食獣の事を少しだけ知っている、内臓を好んで食べている種類の肉食獣がいると言う事だ。なので内臓を先に捨てることによって出来れば出会いたくない種類の獣を優先して遠ざける、これも生きる為の知恵と言うものだ。 「よし…やるぞ、ぬっぐぐぐぐぅ…おっおお!!」 ここからが一番の大仕事、大きな肉塊を一人で自分の家まで運ばなければならない。今回の獲物は大物だ、物理的にも骨が折れそうな重労働である。 こんな時は大抵何かの呪いなのかと考えてしまうほど言ってしまう言葉を必ず口にする、口にする意味などは考えた事もない。 「オレはっ、生きるっ!」 〜*〜 しばらく歩いた所、寝床まではまだ遠いが複数の足音に気がついた。獣のような感じではない、ブンジロウが履いた事もない立派な靴の音。分厚い革が土を踏みしめる音、金属の擦れる音、恐らく人間だ。 もう少し歩けば姿が見えてくる、弓を持ち皮の防具を身につけた男、並んで似たような装備と数本のナイフをぶら下げた男、鉄の塊のようなメイスを持ち金属の鎧で身を固めた男だ。平民かそれ以上の人間、あまり出会いたくない感じの人相だ。 「ちょっといいかい少年、きみの持っているその皮、ひょっとしてハイイロワタイノシシじゃないかい?」 「………そう」 弓の男が皮に目を付けて話しかけてくる、後ろの二人は兎も角この人からは敵意を感じない。 「俺たちの仕事に必要なんだが、その皮を譲ってくれないか」 人によっては皮をよこせと言う威圧に感じるだろう、9割型後ろにいる二人の山賊のような人相が問題だ。 「おいおい、貧民相手なんて殺して奪えばいいんじゃねえの?わざわざ取り分少なくする理由もねえだろ」 「おまえは馬鹿か、人殺しはギルドの理念に反するだろ。それに…三人で倒すつもりの獲物を一人で倒した奴を殺せるもんか…」 なにやらナイフの男が物騒な事を言い放つが鎧の男がそれを制止する、後半は耳打ちをしていて何を言っているのか聞き取れなかったがギルドの理念と聞こえた。ギルドの人間か、間接的に敵である為にあまり仲良くしたくはない。 「気分を害したならすまない、俺から後でキツく言って置く。この交渉に応じてくれるなら相場より少ないが少年はお金と少しばかりのオマケが受け取れる、俺たちは仕事が早く済むから別の仕事を受ける時間も取れる、もちろん肉の方はいらない、お互いに得するとは思わないか?」 「オマケ……?」 大人の言うことだ、素直には信じられない。信用に足る手札を全て開示する、そうでなければ交渉なんてものではなく相手にしか利益を生まない事を貧民街で学んだ。 「ものを見ないと、しんじられない」 「慌てんなって、今見せるから」 弓の男は懐から硬貨の入った袋と一枚の紙切れを取り出す、袋は手のひらに乗るほどの大きさ、紙切れに見覚えはない。 「これは小さな怪我なら即座に回復できる魔法が込められた紙だ、一回しか使えないけど持ってると便利なものさ」 「ふむ…」 この紙があれば怪我をしても傷口によくわからない草を押し当てなくて済むと言うことだろうか、紙切れで魔法が使えるなんてにわかには信じられない。スクロールと呼ばれる大きな紙で魔法を使う冒険者の姿は見たことある、
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