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「遠くに行っちゃいやだよ。ずっとぼくと一緒にいてよ、ちよ」
「でも、かかさまたちと行かなければならない。春でも雪が残る山へ」
「寒いところでないと、ちよは生きていけないの?」
「ううん。夏の間も、涼しいところでじっとしていれば、生きてはいられる」
「なら、他のところに行かなくてもいいじゃない」
「でも、一人になるのはさみしい」
引き止める度、八千代の表情が曇っていく。
しかし離れたくない一心だった僕は、どうにかして一緒にいられる方法はないかと考えを巡らせた。
そして、冬の前に婚約した近所のお姉さんのことを思い出した。
「そうだ、いいことを思いついた。ねぇちよ、将来ぼくと結婚しよう。そうすればずっと一緒にいられる」
勢い任せの求婚に、八千代はくりくりとした瞳を更に大きくした。
「やちよが、たろの嫁御に?」
「うん。子供のうちはできないから、今は約束だけ。大きくなったら、ぼくはちよをお嫁さんにもらうんだ。いずれ結婚するなら、今から一緒にいたって同じことだよ。遠くの山に行ったら結婚できなくなってしまう。だからちよのお母さんにお願いしようよ。ちよをここに置いていってくださいって」
「結婚したら、たろとずっと一緒?」
「そうだよ。一緒にいられるよ。それならさみしくないだろう?」
時間をかけて考えた末、八千代はそれまでの悲しげな表情を晴らして頷いた。
「うん。やちよも、たろとずっと一緒にいたい。すぐに、かかさまに話をしてくる」
「ぼくも行って、ちよのお母さんに会うよ」
「ありがとう。でもだいじょうぶ。かかさまたちは、山のずっと上の方にいるんだ。やちよだったら、風に乗ってすぐに行ってこられる。たろはここで待ってて。一晩したら戻ってくるから」
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