たろとちよ

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 その日最終の汽車に乗り、僕は皇都を発った。 乗客や見送りの人間でごった返すプラットフォームを出て、さわさわとした車内がようやく落ち着いたのは、出発から半刻程経った頃だった。 ある人は道連れと談笑し、ある人は涙ながらに弁当を広げ、ある人は憔悴した様子でうなだれている。 様々な人間模様を横目に、僕は身体を縮こめて窓枠に寄りかかった。 長い道中だ、少しでも身体を休めておきたい。 夜通しがたごとと揺すられてろくに眠れないとしても、目を伏せているだけでいい。 これからの出来事に備え、心構えをしたかった。  時折訪れる浅い眠りの中で、僕はこの一年を夢にみた。  上京し大学生となって始まった日々は目まぐるしく、月日は飛ぶように過ぎていった。 何もかもが目新しい都で、溺れぬように、取り残されぬようにと必死だった。 皇都に蔓延するせせこましさは生まれ育った故郷では味わうことができないもので、田舎者の目に魅力的に映り、何をしても楽しかった。  潮の流れに翻弄される小舟のような僕とは異なり、故郷の村では例年通りゆったりと時が流れていたことだろう。 代わり映えのしない平和な村で、上京の折に置き去りにしてきたあの子は退屈しきっているに違いない。  この度の帰省には理由があった。 学業の経過報告や、刺激的な都暮らしを語ることもそうだが、それ以上に大切な事柄だ。  齢二十に満たないが、僕には婚約者がいた。 物心がつくかつかないかの頃にうちへ来た、笑顔の可愛らしい少女である。 大切な事柄というのは、郷里に残してきたその少女へ、婚姻予約の解消を願い出ることだった。 何も知らぬあの子は、僕がこんなことを考えているとは思いもせずに、その帰りを健気に待ち焦がれているだろう。 全く以て残酷なことに、僕は純真無垢な婚約者へ、手前勝手な別れを突きつけようというのである。  幼少期を共に過ごしたあの子との別れに、未練や罪悪感が付きまとわないはずがない。 しかし幼い気持ちを引きずって、彼女を人生の伴侶にするわけにはいかなかった。 腹を決めて話をつけなければならない。  なぜならば、僕が将来を契ったその相手は、人ならざる少女なのである。 *
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