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長旅の末ようやく辿りついた故郷は、未だ雪の中にあった。
とはいえ、四方の山の雪化粧が濃く残るばかりで、集落の至るところには春を感じられた。
露出した土と踏み慣らされた雪が混ざった道を、次の季節の訪れを感じながらぐじゃぐじゃと行く。
今はまだ雪の下に埋まっているが、この道の左右には広大な田んぼがあり、村人の大半は農業に関わり生計を立てている。
冬がすっかり通り過ぎ、心地良い風が吹く頃、この辺りは新緑に満ち今とはがらりと様相が変わる。
目を閉じればその光景が眼裏に浮かぶ程、僕にとっては馴染み深いものだ。
晴れ渡る空の下、婚約者である少女と植えられたばかりの稲を眺めながら鬼ごっこをした思い出がよみがえる。
笑い声に驚き首をもたげた白鷺が、翼をはためかせ飛び立つ。
あの子と二人、並んでそれを見送ったものだ。
幼き日、何も知らずにあの子と遊んでいた頃が懐かしい。
隣で笑うあの子と、いついつまでも共にあることを信じて疑わなかった。
しかし大人に近付いた今は、それが如何に難しいことであるかを知ってしまった。
再びここを離れる時には、今まで大切にしてきた思い出を踏みにじり、あの子と決別しているはずだ。
それを望んで来たというのに、気持ちも足取りも重く、なかなか村に辿りつかない。
途中何度も立ち止まって息をつき、牛よりも遅い歩みで先へと進んだ。
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