たろとちよ

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 集落に入ると、そこかしこで見知った顔に声をかけられた。 赤子を背負う子供が、農具の手入れをする女性が、冬囲いを外す男性が、道端で日を浴びる老婆が、旅人の装いの僕を物珍しそうに見、その正体がわかるや否や笑顔で呼びかけた。 悠太郎兄ちゃん、悠ちゃん、悠太郎、悠坊、おかえり、と。  この小さな村で、大学、それも皇都の名高い学校へ進学した者は僕が初めてだった。 村人たちは、僕が既にお偉い学士様であるような持て囃し方をした。 それが誇らしくもくすぐったくもあり、落ち着かない心地で頭を下げた。  昔よく面倒をみていた子供が、好奇心に目を輝かせ僕の袖を引く。 「都の学生さんは、どんな話をするが? 難しい話ばっかかな」  上京したての頃は背伸びをして情勢の話などしていたものの、学友と打ち解けた今では、些細なことでげらげら笑いもすれば、額を突き合わせて艶めかしい話もするようになった。 しかしそんな赤裸々な実態を、清らかな子供に聞かせてはいけない。 懐紙に包んで隠しておこう。 「最近は文芸の話が多いよ。谷崎潤一郎が好きだとか、志賀直哉がいいだとか」  子供は少し考えた後、泥で汚れた顔をほころばせた。 「おらにはよくわからん。やっぱり難しい話らな」 *
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