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懐かしい部屋に踏み込むと、周囲の空気がふわりと和らいだ。
冷たくも優しい感触に、自然と笑みが浮かぶ。
窓の外に見える色の抜けた竹は、葉の一枚も揺れていない。
それに対し、この部屋には風が満ち、時折くるりと渦を巻く。
僕にはわかる。すぐ近くに、あの子がいる。
「いたずら好きの子は、一体どこに隠れているんだろうなぁ」
わざとらしく疑問を滲ませた声で言うと、襖がかたかたと鳴った。
ここにいるよ、早く見つけて、という催促を受け、僕は足音を忍ばせて奥まで歩き、一息に襖を開け放った。
「ここだ」
押入れは僕が使っていた時のままに、布団や衣類、本などがしまわれていた。
その隙間に、器用に潜り込む小さな背中があった。
青味を帯びた白い着物に、くしゅくしゅした赤い兵児帯を締めている。
丸まった背が小さく揺れているのは、必死に息を止めているからだろう。
決まり文句を言われるまで動かないつもりであるその肩を叩き、僕は幼い頃から何度となく口にした言葉をかけた。
「ちよ、みーつけた」
その途端、少女が振り向いた。
切り揃った毛先を肩の上で揺らし、可愛らしい声を弾ませる。
「たろだ、たろが帰ってきた」
笑みを交わす間も惜しみ、白い着物姿の少女、八千代が押入れから飛び出してきた。
僕の胸にも届かない小さな身体が、ぴょんぴょんと跳ね回る。
喜びが目に見えて伝わって、温かな気持ちがとろりと染み出した。
腰を屈め、小さな八千代を抱き上げる。
着物越しに触れるその身体は昔と変わらず、息を呑む程にひんやりとしている。
指先に吸いつく肌の感触も、直に触れ続けると、じんわりと溶け出すような水っぽいものに変わっていく。
どれだけさすっても、僅かな温みも生まれない。
そのくらいの背丈の子供にしては重い身体を腕に乗せ、目線を合わせて微笑みかけた。
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