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八千代は、ある冬の日にふらりと現れた。
僕の思い出の端々には、常にその姿がある。
物心ついて最初の記憶が、八千代との出会いなのだろう。
牡丹雪がぼさぼさと降る薄暗い昼下がり、庭先に見知らぬ少女がいた。
「なにをしているの」と声をかけると、少女は切り揃った短い髪を揺らしてこちらを向いた。
驚きの形に開いた口が、一呼吸ついてから小さく動く。
「やちよに言ったの?」
「うん、そうだよ。ねぇ、そんな寒いところでなにをしているの?」
見ると、つきたての餅のようにふくふくとした手に、赤い花びらが重なっていた。
「花びらをあつめているの?」
「ううん、花びらを数えてた」
「たのしい?」と聞くと、少女は表情を曇らせた。
降りしきる雪の中にいるのに、少女の頭や肩は少しも白くならない。
どてらの前をかき合せ、少女の隣に並んだ。
「花びら、見せて。なんの花だろうね」
「わからない」
「じゃあ、ぼくがしらべてあげる。次に会った時におしえるね」
凍えて固くなった花びらをつまむ僕に、少女がぱっと表情を明るくした。
「次? 次があるの?」
「うん、あるよ。だから明日もあそびにおいでよ。ぼくは、ゆうたろう。きみは?」
「やちよはねぇ、やちよだよ」
少女が浮かべた笑みは花びらよりも鮮やかで、幼い胸が弾んだのをよく覚えている。
翌日もそのまた翌日も、白い着物の少女は庭先に現れた。
どこの子なんだろうと気にかける間もなく、八千代は僕の生活に溶け込んだ。
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