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家を出て外で遊ぶようになり、八千代が他の村人からは見えないことがわかった。
「一人遊びがうまいね」と笑う大人に「一人じゃないよ」と言っても信じてもらえなかった。
子供の遊びの輪に入っても僕だけが勘定され、八千代は仲間に入れてもらえなかった。
家でも、たくさんお食べ、よくお眠り、と用意される食事や布団はいつも一つきりだった。
僕には八千代の姿は他の人間と同じように見えるのに、村人たちはその影すら見つけられなかった。
しかし動物には何かしら感じるものがあるらしく、その頃まだ子猫だったさくや隣の犬、村の家畜は、八千代が近付くと唸りを上げ落ち着かない様子になった。
どうしてみんなには八千代が見えないんだろう。首を傾げる僕に、ぷっくりとした唇が言った。
雪雲が晴れた、静かな満月の夜のことだった。
「それはしょうがないんだ。だってやちよは人間ではないからね。たろに声をかけられるまで、誰かに見つけられたことはなかったんだよ」
「人間でないなら、ちよはなに?」
口元を着物の袖で隠し、八千代はそっと囁いた。
「やちよはね、ゆきんこなの」
「ゆきんこ?」
「うん。雪の中に住んで、山を移って暮らすの。今は雪女郎のかかさまとあねさまたちと近くの山にいるから、毎日たろのところに来られる。でも春になったら、雪が残る山を求めて移らなければならない」
「じゃあ、春になったら、ちよはうちを出ていくの?」
答えはなかった。伏せられた瞼に落ちる影が悲しげで、胸が苦しくなった。
雪女郎の話は、母から聞いたことがあった。
雪深い山に潜む物の怪で、普段は静かだが自分たちの領域に踏み込んだ者に容赦はなく、命を取ったり氷漬けにする。
だから雪の日に不用意に山に入ったり、出歩いてはならない。
そう繰り返し言われた。
八千代が血の気を感じさせない肌の色をしていること、どれだけ握ってもその手が温まらないことに納得がいった。
しかし母から聞いた話に出てくる恐ろしい物の怪と、目の前にいる可愛らしい八千代が同じものだとは思えなかった。
それどころか、月明かりを受け暗闇に仄白く浮かび上がるその姿に、胸がとことこ音を立てた。
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