パチンコライターの僕と彼

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 「失礼します」  僕は扉をノックし、編集長の待つ会議室へと入った。会議室では僕より先に到着していた編集長と彼が既に和やかな会話を交わしている。その様子を見てもこの仕事が我々にとって望ましいものである事は一目瞭然。僕は期待に満ちた胸の高鳴りを抑え、平然を装って着席した。  「早速だが、今日二人に来てもらったのは新しい動画配信の仕事についてなんだが……」  僕が座るなり、編集長は話し出した。その目線はなぜか僕ではなく彼だけの方を向いている。  「次の来店から二人で協力してやってもらいたいと思っている。具体的には……」  編集長はパチンコ店側の要望で動画に出演するのは彼のみ。僕にはカメラマンと撮影した動画の編集を任せたいと続けた。任せたい、そう表現すれば聞こえは良いが、パチンコ動画の編集は、作業量ばかり多く、その割には名前の売れない裏方の仕事。陽の当たらない地道な作業である。動画の配信には欠かす事のできないこの作業の大変さが、多くのパチンコライターが動画をやりたいと思いながらもできない最大の理由である事は周知の事実だった。  どうして僕がその作業を、どうして主演が彼で僕ではないのか。狭く窓もない会議室の片隅で、僕はずっとその事ばかりを考えていた。しかし、そんな僕を置き去りにして、編集長の話はどんどん進んでいく。撮影する動画の番組名やコンセプト、撮影を行う店舗の情報とそのスケジュール。具体的に語られるそれら一つひとつが、今僕の目の前で起きている出来事にリアリティーを添えていく。しかしそれでもなお、僕は事態を受け入れる事ができずにいた。僕は、ただただ目の前で音声を発する大きな塊を見つめていた。虚ろな目、その視線に編集長は最後まで気が付かなかった。  「二人とも大丈夫だよな? それじゃあ来月からよろしくな」  そう言い残して編集長は会議室を後にした。編集長は大丈夫だよなという言葉で僕達の意向を確認したつもりかもしれないが、僕達も出版社という組織の一員である以上、拒否権はない。そんな事をすればパチンコライターとしての仕事はたちまち回ってこなくなるだろう。自分の実力だけが頼みの世界だが、決して自分一人でやっていける世界ではないのだから。要はよろしくという言葉は命じるという言葉と同義であり、それは僕と彼の立場を決定的に変える一言なのだ。
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