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1週間が過ぎ、状況は何一つ変わる事なく、来店を行う日がやってきた。撮影を行うパチンコ店に向かう電車の中、何度も台本を確認する彼の隣で、僕はカメラの入った鞄を抱えている。あの日から今日まで、僕と彼はほとんど会話らしい会話をしていない。彼は彼でせっかくのチャンスを活かさねばという気負いや、初めての撮影に対するプレッシャーがあったのだろう。僕から見ても、いつもと違う様子が感じて取れた。だからであろう。彼から話し掛けられる事もなければ、僕から話す事も何もない。ただ、車掌のアナウンスだけが流れる車内を僕と彼は無言のまま過ごしていった。
目的の店舗に着くと、その入り口には彼の顔写真入りの看板が設置され、今日が彼の冠番組の初収録である事を告げていた。僕と彼はその看板の前で店舗をピーアールするシーンを撮影する事にした。カメラをセットし、その中心に彼を捉える。撮影開始のボタンを押すと、彼は元気よく喋り出した。
「どうも、視聴者のみなさん、こんにちは。今日は初めての収録という事で、こちらの店舗にお邪魔しております」
自分の写った看板の前ではにかみながらも、順調に店舗紹介をこなしていく彼。実際にパチンコを打ちながら撮るシーンでも彼は時折ギャグを交え、時にはアドリブをはさみと奮闘し、初めての撮影を順調にこなしていった。
「このパチンコ台の攻略法はですね……」
彼の語る言葉、彼が生み出す空気が一つの動画としての世界観を創りあげていく。そんな彼の姿はカメラの中で輝いていた。
「それでは今回のパチンコ実戦はこれで終了です。とっても居心地の良い素敵なお店なので、是非みなさんも遊びに来てくださいね」
彼が番組を締める一方で、現実世界に取り残された僕は、カメラを片手に、彼の世界を見つめる事しかできなかった。
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