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一月後、僕は編集長から会議室に呼び出された。動画に対する評価が出揃ったのであろう。世の中が真実に気付いてくれる事へのわずかな期待と、自身の私的な感情で行った仕事に対してこれから受けるであろう叱責への覚悟を持って、僕は会議室の扉を開けた。だが、会議室の中で僕を待っていたのはそのいずれでもなかった。
「この前編集してもらった動画、非常に評価も良くて再生数も伸びてるぞ」
開口一番、編集長は嬉しそうに笑った。
「よ、良かったです……」
僕は絞り出すように言ったが、そんなはずはない。僕は動画が公開されたその日、真っ先に否定的なコメントを自演で書いたし、その後もネットカフェに通っては何度も何度も繰り返した。何より、自分のやった仕事の出来栄えは自分が一番わかっている。
「普通の奴に編集させたら、あそこまで踏み込んだツッコミはなかなかできないよなぁ」
編集長は動画に対する視聴者からの評価とコメントをまとめた紙をこちらに差し出す。そこに記載された内容は、自身の作品に対する評価としてはいまだかつて記録した事のないほどの高評価だった。
「あいつの事を一番よくわかっているおまえに編集を任せて正解だったよ。これはおまえに対する評価でもあるんだぞ」
どういうわけか編集長の僕に対する評価は少し良くなったようだった。よくよく話を聞いてみると、彼の珍プレー、天然な発言と僕の編集による辛辣なツッコミという組み合わせが視聴者にうけたのだろうという事だ。
「ありがとうございます。初めての撮影で高評価を得られて僕も嬉しいです」
とりあえず口ではそう答えたが、僕は混乱していた。本当に面白いのは彼ではなくて僕だというその一心で本当の彼の姿を曝け出した結果は、皮肉にも彼の素の魅力を世に知らしめる結果となってしまったからだ。そして、そんな醜い僕の心の奥底を具現化した仕事の結果が、どういうわけか僕の評価まで押し上げてくれた事が、僕は不思議でしかたなかった。僕は偶然に救われたのだ。
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