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仕事終わりに向かう三ツ星レストラン 記念日でもないのに、静江のグラスに注がれる生まれ年のヴィンテージワイン 「次回は君が行きたいところに連れていこう。どこかある?」 「先輩にお任せします」 「そう、なら青山に行こう。いい店を見つけたんだ。三ツ星だよ」 静江は真崎を「先輩」と呼んで 真崎は静江を「君」と呼んだ 恋人にしては他人行儀に思えるそのやりとり 三ツ星レストランも記念日でもない日に注がれるヴィンテージワインも、すべて真崎が静江に対して抱く劣等感が引き起こしたこと。その発端は静江の出世。 先輩と呼んでいた男の直属の上司になってしまったことが原因だった。 二人の出会いは3年前。静江が新聞社の東京本社へ異動して2年目の終わりだった。 その頃の彼女は部署の中で孤独だった。 東京の一等地にそびえたつ本社ビルの1フロアは、各部署がデスクで区切られ、静江の政治部はその中心。静江が総理番として、総理の一日を取材し終えて、デスクに戻るとマグカップが割れていた。 始めは誰かが落として割れたと思っていたけど、それがひと月の間に3度続いた。故意であることは間違いない。静江は仕方なくプラスチック製のコップを購入した。 だけど、負けた気がして、使う気にはなれず、何度割られても、相手が諦めるまで割れてしまうマグカップを購入し、使い続けていた。 静江が孤立してしまう理由が、その性格にある。静江自身で自覚はしているけど、変える気はなかった。 理由は負けた気がするから。 とは言え、静江は当時25歳で恋人も遊ぶ友達もいなくて、仕事以外に人と関係を結ぶ機会もない。特にこの広いフロアの中心にいて、同じデスクで盛り上がる会話にカヤの外の日々は耐えがたく。それでも逃げたと思われるのが嫌で、席をはずすことが出来ない。そのねじ曲がった性格に苦しみながら、帰宅して一人になると泣いていた。強がっても孤独には勝てない普通の女だった。
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