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静江はマグカップを割った犯人がわかっていた。 大して仕事も出来ないくせに、愛嬌だけでキャップという現場のまとめ役で、静江の直属の上司の翠(みどり)という女だった。 翠は背が低く、人によって声色を使い分ける2年先輩。 始めは静江を気に入っていた。仕事覚えも早く、自分の抜けている性格を埋めるように、細かなフォローが的確で重宝していた。そして何より背が高くて、宝塚にいてもおかしくない容姿に魅せられ、まるで後輩のように静江にべったりだった。 それが会議の日程の間違いを、同僚がいる中で指摘したことで反転してしまった。 たったそれだけのこと。あまりにもくだらなくて、話し合いの要素にもならない。静江は現状を受け入れるしかなく、仕事に没頭するしかやりようがなかった。だけど、その結果、次局長の安田に能力を認められ、翠からキャップの地位を奪うことになった。 「実は君を本社へ異動させたのは私なんだ」 席を立ち上がった安田が、静江の肩に手を乗せて言った。 その指先から漂う煙草の匂いが静江に不快感を与える。 喫煙ルームへ向かう安田。静江はその背中を見ながら言葉の意味を考えた。 地方の支局で働いていた一社員を本社の人間が評価する。それがスクープでも当てたならいざ知らず、静江が勤めていた2年間は平穏そのもの。 信じがたい安田の発言は、いつものやり口なのだろうと静江は思った。 40代後半でジムに通って鍛えた肉体と勝ち取った次局長というポスト。その自信と色気から生まれる肉欲が、翠の声色を変える理由であって、間違いなく安田に静江と同じ言葉でそそのかされて、それを受け入れた。そして、捨てられた。 案の定、静江の下についた翠は、敵対心を隠さなかった。伝えたはずの仕事をやらずに、静江が伝えなかったという失態を作り上げた。その上、泣きながら同僚の男たちすがり、男たちは静江を非難した。 孤立していた静江に支えなんてない。あるとすれば安田だけ。だけど、それだけはプライドが許さなかった。すべて安田の筋書きに思えたからだった。
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