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「何かあったら、私に相談しなさい。何があっても私は君の味方だよ」
まるで何かが起こることを見据えていたような安田の言葉。
安田から漂う煙草の匂いが、静江の鼻孔から体内を侵食していく。受け入れてしまえば、灰になるまで吸われて、翠のように捨てられることは目に見えていた。だけど、仕事だけが静江の存在意義。それすらも失ってしまえば、それこそ廃人も同然。
掛けられた天秤は大きく傾いていた。
その時に異動してきたのが真崎だった。
静江よりも5つ年上で、背が静江よりも低くても、プライドの塊の静江を優しく受け入れる大きな器を持っていた。しかも翠に着せられた失態を晴らしてくれて、周囲との間にも入ってくれた。
真崎の煙草はセブンスター。静江はその匂いが好きになると同時に恋をして、会えなくて寂しい時は、セブンスターに火を点けた。
「君、煙草変えたでしょ?」
喫煙ルームでの真崎の一言。それは彼にとって何の駆け引きもない会話だった。
だけど、静江には自分の想いが見抜かれて、イタズラに撫でられたような気になった。嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、乙女のように熱っぽく頬を染めた。
静江は今まで何人かと恋愛をしてきたけど、そんな表情を見せた相手はいなかった。初めての男にさえ見せなかった。好きであっても、その感情を示すことが出来ないあまのじゃく。手を繋ぎたいと思えば、自分のポケットへ手を押し込む。キスがしたいと思えば、ため息が出ていく。
相手が静江を好きになっても、必ず振るのは男のほうだった。
そんな静江が初めて告白した相手が真崎だった。
そして、初めて自分から振ることになる相手だった。
それは青山の三つ星レストランを予約した前日のことだった。
喫煙ルームで静江と真崎が煙草を吸っていると、窓越しに5人組の若い男性社員が歩いてくるのが見えた。
彼らは静江たちに気づくと、含み笑いを浮かべながら、何か言葉を交わした。そして、喫煙ルームに入ること無く、手前の自販機で缶コーヒーを買って、その場で話し始めた。
何を話しているのかは聞こえなかったけれど、笑い声だけは隠そうともせず届けられた。
真崎は静江へ目を向けることはなく、煙草の先が灰へ変わっていくさまを見つめていた。まるで彼らの笑い声を自分の世界から遮断するように見えた。そして、静江すらも彼の世界からは除外されていた。
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