1人が本棚に入れています
本棚に追加
真崎は自分よりも背の高い女と付き合い。その女に出世まで越されて、自分の上司になる。それを10個近く下の後輩たちのネタにされていた。それが自分の立場だったらって静江が考えると、真崎が別れたいって思うことは仕方ないって思った。
「傷つけ合う前に別れよう」
静江から別れを告げた。
真崎は男みたいなセリフだねって笑って言った。
静江は本当にそうだなって思いながら、喫煙ルームを出ていく真崎を見送った。返事はなかったけど、終わったことは間違いなかった。
真崎の劣等感は、たとえ静江が仕事を辞めても、犯罪の前科のように消えることのない感情。
真崎を愛していたけど、静江は諦めるしかなかった。
だけど、別れるとすぐに、真崎に女が出来た。
それに気づいたのは、フロアに響く年甲斐もなく甘ったるい下品な声色。
その声の持ち主が翠だった。
静江はどうしても許せなかった。
翠に騙されている。
そう思うと黙っていられなかった。安田に言って、翠を他部署へ飛ばしてやろうかと考えた。だけど、安田に借りを作りたくないし、卑怯な手を使うことにプライドが許さなかった。
真崎を説得するしかない。静江はその段取りを計画するために喫煙ルームへ向かった。そこでまず、翠に対する苛立ちを静めるためにセブンスターに火を点けた。
真崎の匂いで体を浄化していくと、会いたい気持ちが抑えきれなくなる。諦めたと言っても、愛という感情は身勝手のものだった。
ふと、静江が廊下へ視線をやると、真崎が自販機の前に立っていた。会いたいという気持ちに引き寄せられたんだと静江は思った。
だけど、真崎がスポーツドリンクを買った。そんなものを飲んでいる姿なんて一度も見たことがなかった。しかも喫煙ルームに来ないで戻ろうとしていた。
「吸わないんですか?」
静江は慌てて飛び出し、不安が込み上げて、上ずった声になってしまった。
「やめたんだ」
「どうして?」
「彼女が嫌がるんだ」
適当に答えればいいのに、彼女を口にした真崎。まるで静江に対して拒絶する意思表示に思えた。
「缶コーヒーじゃないんですね」
「苦手なんだよ」
「何を今更、毎日飲んでいたじゃないですか」
「俺じゃないよ。彼女だよ」
静江は聞かなきゃよかったって後悔した。話の流れから気づけなかった自分が恥ずかしかった。
「もう行くね」
真崎は返事も聞かずに去っていった。
最初のコメントを投稿しよう!