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「どうしたん……」
「ウチの子がいなくなっちゃったのよっ。居間にこの手紙が置いてあって。どうしましょう。これきっと家出なのよ。探して。探してウチの子を探してお願いウチの子の先生でしょっ」
勢いよく言葉を浴びせながら、つま先立ちで、ぼくの顔に近づいてきたので、思わず後ずさりしてしまう。
「いや、ぼくは先生ってわけじゃ……」
「家賃ちょっとまけてあげてるでしょっ。いいから探して来て。もうすぐお昼ご飯なんだからっ」
ぼくには、時々大家さんの息子に勉強を教える代わりに、家賃を少し安くしてもらっているというちょっとした弱みがあった。
「わかりました。わかりましたから、彼の行きそうな場所とか一緒に探しましょう」
「どうしましょう。もしかしたらこの手紙が偽装工作で」
「あの……」
「もしかしたらもしかしたら、誘拐されてて、もうすぐ身代金要求の電話がかかってくるかもしれない。もしそうなったら家にいなくて電話に出られなかったらウチの子、殺されちゃうかもしれないじゃない? そうじゃない? 違う? ねえ」
「いや……」
「警察に通報した方がいいかしら? どう思う?」
「ちょっと落ち着いてください。ひとまず行きそうな場所を探してきますから、警察とかはその後にしましょう。もしかしたらすぐに帰ってくるかもしれませんから、大家さんは家にいてください」
「そう? ほんとに? じゃあよろしくね。見つけたらすぐに連れて帰ってきてね。無事な姿でっ」
わかりました、大丈夫です、を繰り返し、メモを預かって、大家さんに出て行ってもらった。大家さんの家は、このアパートの真向かいの一軒家だ。ぶつぶつと小さな突起が無数についた健康サンダルを履いた大家さんがばたばたと家に帰って行くのを見送ったぼくは、玄関を閉め、座り込んで一息ついた。
なんでこんなことに……
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