生霊

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「確かにその自制は社会性の面からすると正しいことなのかもしれないですが、そうして無理矢理に抑圧してしまったあなたの心は、自身を守るために〝生霊〟という分身を生み出してしまったのです」 「証拠は!? わたしの生霊だという証拠はどこにあるの!? あなた達が見たというその生霊も見間違いかもしれないじゃない!」  最早、いつもの冷静さはなりをひそめ、六条は感情を露わにして声を荒げる。 「それは、あなた自身、もうご自分でもわかっているはずですよ……」  普段はけして見ることのない激昂した六条を前に、阿倍野はどこか悲しそうな表情を浮かべ、頑なな彼女にとどめを刺す決定的な言葉を告げる。 「あなたの身体に沁みついた魔除けの芥子の香の匂い、ご自分でも感じいているのでしょう?」 「…………!」  夕闇に吹く穏やかな風に乗って、目を見開いた六条の方から、仄かに芥子の香の匂いが阿倍野の鼻にも臭ってくる。  六条は静かに、ペタリとその場に崩れ落ちた。 「僕の役目はここまでです。上野先輩にはもう生霊の影響が及ばないようにしてありますからご安心ください……では、僕はこれで……」 「…………待って」  最後にそれを告げて立ち去ろうとする阿倍野の背中を、冷たいコンクリの床に座り込んだ六条の消え入るような声が呼び止める。 「ここに、湊本くんを連れてこないでくれてありがとう……それから、彼に〝さよなら〟ってあなたから伝えてくれる?」 「……ハァ……今回はこんなことになってしまいましたが、あなたは基本、優しくてとてもいい人です。こんなこと言うのは余計なお節介と思いますが、これからはもう、あまりやせ我慢せずに生きることをおススメします」  阿倍野は深い溜息を吐くとそんな進言を付け加え、今度こそ六条をその場に残して夕暮れの屋上を後にした――。
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