23人が本棚に入れています
本棚に追加
それから一週間ほど後……。
「――この前はどうもありがとう。改めて礼を言うよ。葵ももうすっかり良くなって学校にも復帰したよ」
放課後に再び天文部の部室を訪れた燿は、久々に阿倍野と言葉を交わしていた。
まだ加茂や他の部員達は来ていないらしく、しんと静まり返った厳かな部室に今は阿倍野と曜の二人きりだ。
「それと、六条さんなんだけどさ、なんでもイギリスへ留学することになったらしい……昨日、向こうへ発ったそうだ」
「そうですか……〝さよなら〟の本当の意味はそういうことだったんですね……」
燿の報告に、阿倍野は今日も机の上の望遠鏡へ向かったまま、一見して興味なさそうな態度で淡々とそう答える。
「ま、後輩が先輩にこんなこと言うのもなんですが、これに懲りて、もう女の子を悲しませるような真似は慎んでくださいね? でないとまた誰かに生霊を飛ばされるかもしれませんよ?」
だが、その態度とは裏腹に何か思うことがあったのか、やはり望遠鏡を捏ね繰り回しつつも、そんな忠告を背後の燿に与える。
「ああ、わかってる。さすがの僕も今回の一件は骨身に沁みたよ……」
後輩からのそんな諫言に、学園一のプレイボーイもさすがに反省したかに思えたのであるが……。
「てことで、今日はこれから咲と映画を見た後に、今度は葵とディナーに行く約束だ。どっちにも淋しい思いをさせないよう、ちゃんとサービスしないとね……じゃ、僕は忙しいんで失礼するよ」
燿は屈託のない笑顔でそう答えると、たいそう愉しそうな様子で天文部の部室をスキップで出て行く。
「…………ハァ~…」
燿がいなくなり、再び静かになった部室の中で、阿倍野は大きな溜息を吐くと「まだぜんぜん懲りてないな」と心の中で呆れ果てた。
(生霊―現代訳『葵』帖― 了)
最初のコメントを投稿しよう!