SCHEME 第1章

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SCHEME 第1章

 夜の帳に包まれるにつれ、刺すような光を競って放ち、今が本当の目覚めとばかりに活気づく。透明感を失った薄い紫がビルの合間に四角く垂れ下がる。その見慣れた歓楽街の人込みを、神田(かんだ)儀暁(よしあき)は数歩先のアスファルトを見つめながら歩みを進めていた。行き交う人波もネオンの灯りも、遠くから朧げに、俯き加減の眼へと勝手に流れてくる。無意味に流れていくコマーシャルのように、儀暁は不夜城の喧騒を横目でやり過ごしていた。 (……とりあえず、今月末までに五十万)  何とか工面しないと。厚みを失ったジャンパーのポケットに手を突っ込み、うっすら吐息する。  その場しのぎの借金を繰り返し、頭のどこかでもうどうにもならないことは分かっているのに、まだ何とかなるんじゃないか、と自分の置かれている場所から目を逸らす。そんな甘さが、今の儀暁の状況を作り出していた。田舎から出てきた大学生には、数百万円まで膨れ上がった借金が、どうも現実味を帯びない。この返さねばならない金銭が自らの人生を蝕んでいる事実も、どうにもだるくて向き合うことができなかった。アスファルトを踏みしめているはずの足も、身体に纏わりつくねっとりとした浮遊感で、その硬度を認識しなかった。  だから、その声を自分にかけられたものだと気づくまで、だいぶ時間がかかったようだった。 「……いさん、お兄さん。そんなに警戒しないでよ」  肩に触れた手が歩みを妨げ、それを僅かに不快に感じた瞬間、儀暁は自分が見知らぬ男から声をかけられているのだと、緩慢に顎を引き上げる。 「お兄さん、お金、困ってるの?」  その声の主にようやく焦点が合おうとしたとき、その華やかな細身のスーツは、無遠慮に畳み掛けた。 「俺、お兄さんにぴったりの儲かる仕事を紹介できるけど?」  黒い光沢のあるジャケットに、モノトーンの柄物シャツ。胸元のチャームが反射するネオンの光を瞳孔が捉えるのが先で、傾けられた頬が演出する屈託のなさも、その言葉の意味も、なかなか儀暁の意識には届かなかった。 「怪しい仕事じゃないから、安心して」  奥の見えない茶色い瞳は、儀暁の肩越しの街灯りを映し出す。その瞳よりも色素が薄く肩に届く髪の毛は、紫色の幕の下でも、繰り返されたカラーリングでごわついているのが分かった。 (キャッチか……。)  遅ればせながら、上の空だった男は思考をまとめた。
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