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低くハスキーな理央の声が外国のおとぎ話をつむいでいる。普段の無愛想な話し方が嘘のような理央の語り口に、騒いでいた子供たちまでもが理央の周りに集まって行儀よく座り物語に聞きほれた。
朔はそんな理央と子供たちの姿を少し離れた場所から見つめる。
絵本から顔を上げた理央と一瞬だけ目が合った。怒ったような表情で絵本に視線を落とした理央は、どうやら照れているらしい。
朔も理央もとても気持ちが安らぐ楽しいひと時を過ごせた。
日が暮れる前に帰ることにした二人に、いつもは聞き分けのよい子供たちが「帰らないで」と駄々をこね始める。
「また来るからね」
「理央さんもまた来る?」
「ああ。また来る」
腰に巻きつくようにしている数人の子供たちの頭を撫でる朔を見て、理央も同じように子供たちをあやした。
「じゃあ、またね」
「さよーならー!」
「バイバーイ!」
二人は玄関で一斉に手を振る子供たちを何度も振り返りながら施設の庭を歩いた。夕陽が辺りをオレンジに染め、木々の影が足元に長く伸びている。
「理央さんがピアノ弾けるなんて知らなかった。絵本もすごく上手に読んでたし」
「俺だって朔があんなに人気者の魔王だとは知らなかった」
理央は子供たちに教えてもらった歌を口ずさむ。朔は理央の手が冷えてしまわないようにそっと握った。
「お腹空かない? ちょうどいい時間だし、ファミレスで夕食食べていく?」
「いいな。調べてみたが最初はスタンダードに洋食がいいと思ったんだ」
繋いでいない方の手でスマートフォンを取り出した理央は画面を何度かタップして朔に見せる。
「この店がいい。大学の二駅向こうにあるから行こう」
理央が提案した駅はいわゆる繁華街だ。日曜日の今日はきっと混雑するだろう。多くの人が夕食を摂る時間帯に差しかかっているので、ファミレスも混み合うだろうし待つことになるのは明白だった。
「理央さん、そこだと混んでるかもしれないよ」
「ここがいい。ここじゃないと嫌だ」
珍しく理央がわがままを言っているのは不思議に感じる。そんなにそのファミレスがよいのならと朔は別店舗があることを教えた。
「ここの駅前にも同じファミレスがあったはずだから、そっちにしない?」
「嫌だ」
「どうして?」
理央が意固地になっている理由がまったく解らない。なぜ別店舗では駄目なのだろうかと朔は首を傾げた。
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