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「いきなり殴ってすまなかった。弟が襲われてると思ったら手が出てた」
「それはいいので早く特効薬を。遮断薬は使ったけど、俺、まだ何だかおかしいから」
理央から出ているフェロモンが完全に遮断できていないのか、朔の呼吸はなかなか整わない。
自分の特効薬を取り出した理斗が、呆然と涙を流している理央に慣れた手つきで注射を打つ。そして理央を抱えながらスマートフォンを操作して誰かと短く会話をした後、朔へ向き直った。
「悪いが迎えが来るまでいてもらっていいか?」
「俺にですか?」
「理央はこんなだし、俺もオメガだから、ほかのアルファやベータが来たらまずい」
特効薬を投与された理央は落ち着き始めていたものの、理斗の言う通りオメガを二人だけで放置するのは危険だ。もっとも理斗は体格のよい朔を殴り飛ばせるくらいなのだから、そこまでの心配は必要ないのかもしれないが。
「あの、ご兄弟なんですか?」
朔は二人から少し離れた場所に座り直して、理央と理斗を見比べた。理斗の方が理央よりも体つきがしっかりしていて背も高いが、同じように茶色い髪と目をしている。
「御厨理斗だ。ここの四年に在籍している。今から兄が迎えに来る」
「もう一人のお兄さんですか」
「兄はアルファだから、それまでいてくれれば……ええと、きみは?」
「あ、大川です。大川朔」
のんきに自己紹介をしている場合ではない気はするが、先ほどの理央の錯乱ぶりを思うと何か事情があるのだろうし、深く尋ねるのははばかられた。
午後の講義が始まっているのだろう。辺りは静まり返っていて、体力を消耗したのか気力の問題なのか、理央はうとうとと眠り始めた。
「いいよ。眠りなさい」
理央の背中をぽんぽんと叩いて、小さな子どもをあやすようにしている理斗の表情は柔らかい。
そこへ突如、派手なエンジン音が近づいてきた。何事かと振り返った朔は高級外車が大学構内をぶっちぎりで爆走してくるのを見て目を丸くする。
三人の近くで急停止した車から現れたのは、焦り具合からして理央と理斗のもう一人の兄だろう。
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