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家族のいない朔の唯一の願いが『運命の番』との出会いだ。
生まれたばかりの朔は、川の近くに建つ児童養護施設の前に捨てられていた。川のそばで八月一日に保護されたので『大川朔』と名づけられた。
そのまま施設で十八歳まで育てられ、アルファへの助成金で高校を卒業させてもらえたが、アルバイトで貯めた金と奨学金で大学に進んだ。いずれ家族を持つことになった時の暮らしを考えた上での決断だ。将来の伴侶と子供を養うために十分な職に就くには大学を出ていた方がいい。
施設では不自由なく暮らすことができたし、朔への養子縁組の申し出は多かった。小学校で行われるバース性の検査でアルファだと判明してから、朔を養子にと希望する夫婦と何回も面会をしたり泊まりに行ったりしたが、最終的に朔からすべて断った。どの夫婦も朔ではなくアルファの子供を欲しがっていたからだ。
やがて、朔は自分の手で家族を作ることに憧れるようになった。
『運命の番』を見つけて大切に愛して家族になりたい。そう思っていたからこそ理央が突然発情した場面でも、朔はアルファの本能をねじ伏せた。自分にはたった一人のオメガしかいらないので、中途半端なことをしてオメガを不幸にしたくはない。
夢物語のような考えだと朔自身も思うことがあったけれど、現実に御厨理央というオメガが現れた。
「御厨理央が俺のオメガかもしれないのか」
かすれた声で漏らした独り言が、朔の胸をじんわりと熱くする。
結局、朔は午後の講義に出ることはなかった。とてもそんな気分にはなれなくて、学生が休憩所として使うホールの片隅でぼんやりと過ごした。
さらに夕方からの居酒屋でのアルバイトでは珍しく三枚も皿を割って、店長やアルバイト仲間にひどく心配されたのだった。
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