5/12
前へ
/116ページ
次へ
 だからこそ番になる時には慎重になるべきなのだが、オメガのフェロモンの力はアルファからもオメガからも冷静な判断力を奪ってしまう。  オメガが発情期抑制剤を服用する義務を負うだけでなく、近年ではアルファへのオメガフェロモン受容遮断薬の所持が義務づけられたのも、この辺りの事情が関係していると考えられる。  水野はベータなのだが、バース性について少し変わった考えを持っていた。考え方というよりも、バース性にあまり興味がないためオメガを差別することも、逆にアルファに媚びるようなこともしない。明るくさばけていて優しい水野の周囲には自然に人が寄ってくる。  朔の周りには昔から『アルファの大川朔』を目的とした人間しか集まってこない。アルファを手元に置くことや利用すること、どうにか気に入られようとする者ばかりだった。  だからこそ、水野のスタンスこそが朔には非常に好ましく、今のところ友人と呼べるのは水野くらいしかいない。 「俺はオメガ発見器じゃないよ」 「それもそうか。でも大川が他人に興味持つなんて珍しいじゃん」 「そうかな」 「いいことだとは思うけどさ、御厨理央には気をつけとけよ」  水野らしくない言葉だった。気をつけろというのは彼がオメガで、朔がアルファだからだろうか。アルファがオメガのフェロモンにあてられて、発情期のオメガを襲ってしまう事件など意図して引き起こす気はないが、本能の衝動を絶対に理性で抑えられるなんて誰にも言い切れない。  朔が考え込んでしまったので、水野は自分の発言が誤解を生んだことを悟ったようだ。 「あんな風に一人でいるからなのか、あいつの噂って凄いんだよ」 「……どんな?」 「言えばすぐにヤらせるとか、売りやってるとか、聞いてるこっちが気分悪くなるようなやつばっかり」  驚いた朔が六号館の横の小さな緑地へと視線を戻すと、御厨理央は遠くを見つめるような顔をして煙草を吸っている。  オメガゆえに尾ひれがついた話が広まったのかもしれない。  しかし、五月の爽やかな風を受けてふわふわとなびく髪をそのままに、気だるそうにあくびをした御厨理央を、朔はなぜか噂のような人物とは思えなかった。
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1119人が本棚に入れています
本棚に追加