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「おまけにあいつって、御厨グループの次男だか三男だかなんだってさ」  御厨グループと言えば、日本だけでなく海外にも支社を持つ大手企業グループだ。飲食やレジャーで目立つことが多いが、薬剤や医療器具、環境事業と幅広い分野を手がけていると聞いたことがある。  つまり御厨理央は相当なお坊ちゃん育ちだと推察できた。水野が言っている気分が悪くなる噂には、妬みも混ざっているのではないかと思えてくる。 「何にしても事情があるんじゃね?」 「……いつもあそこにいるみたいだけど、単位大丈夫なのかな」 「そこ? なあ、今の話を総合してそこなのか?」  純粋に思ったことを述べただけだったのだが、ピントがずれていたようだ。水野のツボに入ってしまい大笑いされた。 「大川らしいって言えばらしいけどな! ま、頑張れよ」  朔の黒髪をぐしゃぐしゃと撫で回して最後に肩を二度叩いてから、水野は五号館へと戻っていった。  何をどう頑張るのかまったく解らない。ここから見ているだけの朔には、恐らく御厨理央との接点などできはしないだろう。  この春に見かけて以来、ことあるごとに渡り廊下から眺めていたものの、ノートを届けてくれた水野が教えてくれなければ、御厨理央の名前もバース性も噂も、何ひとつ知る術などなかった。  朔はアルバイトに追われる日々を送っているので合コンやサークル活動には参加できないし、まず興味がない。  最低限の範囲で他人と話すことができれば、親しくなる必要はなかったし『アルファの大川朔』を求められるのは不快でしかなかったので、その気配を見せたベータやオメガはことごとく切り捨ててきた。  そうしなければアルファというバース性を利用され、人形か駒のように扱われるだけの人生だっただろう。  今までもこれからも、それでいい。朔はたったひとつ決めたことを守るために生きているのだから。  朔は緑に囲まれた御厨理央を眺めた後、六号館の手近な空き教室へ入り込むと、持って来たおにぎりにかじりついた。
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