1119人が本棚に入れています
本棚に追加
「おまけにあいつって、御厨グループの次男だか三男だかなんだってさ」
御厨グループと言えば、日本だけでなく海外にも支社を持つ大手企業グループだ。飲食やレジャーで目立つことが多いが、薬剤や医療器具、環境事業と幅広い分野を手がけていると聞いたことがある。
つまり御厨理央は相当なお坊ちゃん育ちだと推察できた。水野が言っている気分が悪くなる噂には、妬みも混ざっているのではないかと思えてくる。
「何にしても事情があるんじゃね?」
「……いつもあそこにいるみたいだけど、単位大丈夫なのかな」
「そこ? なあ、今の話を総合してそこなのか?」
純粋に思ったことを述べただけだったのだが、ピントがずれていたようだ。水野のツボに入ってしまい大笑いされた。
「大川らしいって言えばらしいけどな! ま、頑張れよ」
朔の黒髪をぐしゃぐしゃと撫で回して最後に肩を二度叩いてから、水野は五号館へと戻っていった。
何をどう頑張るのかまったく解らない。ここから見ているだけの朔には、恐らく御厨理央との接点などできはしないだろう。
この春に見かけて以来、ことあるごとに渡り廊下から眺めていたものの、ノートを届けてくれた水野が教えてくれなければ、御厨理央の名前もバース性も噂も、何ひとつ知る術などなかった。
朔はアルバイトに追われる日々を送っているので合コンやサークル活動には参加できないし、まず興味がない。
最低限の範囲で他人と話すことができれば、親しくなる必要はなかったし『アルファの大川朔』を求められるのは不快でしかなかったので、その気配を見せたベータやオメガはことごとく切り捨ててきた。
そうしなければアルファというバース性を利用され、人形か駒のように扱われるだけの人生だっただろう。
今までもこれからも、それでいい。朔はたったひとつ決めたことを守るために生きているのだから。
朔は緑に囲まれた御厨理央を眺めた後、六号館の手近な空き教室へ入り込むと、持って来たおにぎりにかじりついた。
最初のコメントを投稿しよう!