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簡素な昼食を終えた朔は午後の講義までの時間を確認して六号館を出た。次は四号館での講義なので渡り廊下ではなく一階の出入り口を使う。
ツツジの向こう側に御厨理央がいるのだと思うと、いつもより少し近い位置から見てみたくなった。これではまるでストーカーだと自嘲の笑みを浮かべながら様子をうかがう。
御厨理央はコンビニエンスストアのパンを食べながら、菓子のオマケとパッケージを見比べていた。どちらも朔がアルバイトをしているコンビニエンスストアでも販売されている商品だ。オマケを見る理央の表情が少しだけ不機嫌そうに思えたので欲しいものではなかったのだと思われる。
パンを食べ終えた理央は今週の新商品のグリーンスムージーを飲み、無造作に煙草に火をつけた。
御厨グループのご子息の昼食とは思えない質素な内容だったが、それでも朔には無駄遣いだと感じられた。なにせ朔は自分でおにぎりを作って大学に持ってくるほど節約しているのだ。パンはまだしもグリーンスムージーは贅沢だ。ステンレスボトルにコーヒーを入れてくれば一日保つ。
朔がそんなことを考えている内に、理央は短くなった煙草を携帯灰皿にしまい、散らかしていたパンの袋や菓子のパッケージを片づけ始めた。うつむき加減になったため理央の細い首が着ていた薄手のニットの襟から見えてどきりとする。頬にかかる茶色い髪にもビニール袋にゴミを入れている細い指にも目を奪われた。
完全に理央に見惚れていた朔は、目の前のツツジの茂みが動いて、そこから理央が這い出てきても動くことができない。
「御厨理央」
朔は意図せず理央の名前を呟いてしまった。とたんに理央が朔を不審そうに見上げる。
口をついて出たのがあいさつだったらまだしも、相手のフルネームを呼び捨てなんて怪しいにもほどがある。
「あ、ごめん。ごめんなさい」
失態に気づいた朔は口元を手で覆い、慌てて理央に謝った。
「……誰?」
理央の質問は至極当然のものだ。しかし朔の意識は訊かれた内容よりも理央の声に持って行かれてしまった。低くてハスキーな声は朔の想像をよい意味で裏切っている。
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