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「お前がそこの渡り廊下をよく通るのは知っている。だけど、誰?」
「経済学部二年の大川朔です」
冷静を装って名乗ったが、朔は内心慌てていた。気づかれていないと思っていたのに、理央は朔が渡り廊下にいたことを知っていたのだ。
顔が熱くなっている気がするが赤面していないだろうかと、そればかりが気になった。
会話が不自然に途切れてしまったため、居心地の悪さを感じたらしい理央が早々に立ち去ろうと歩き出す。カツンと軽い音を立て、理央が持っていた菓子のオマケの白いウサギのマスコットが石畳に落ちた。
朔はここ数日、理央がそのオマケを集めているのを見ていたため、大切なものなのだろうと思って手を伸ばす。だが、落ちたマスコットに気を取られていたので、理央も拾おうとして屈んでいたことに気がつくのが遅れた。
ツツジにしては強すぎる甘い匂いが辺りに立ち込める。
マスコットを拾おうとした二人の指先がかすかに触れた。
理央の体が硬直したかと思ったら、急に呼吸が荒くなりガクガクと震え出す。立っているのもつらいようで、小さく悲鳴を上げてその場に倒れ込んでしまった。
「危ない! 大丈夫か……って、あんた、まさか発情期?」
理央を抱きとめた朔は放出される強烈なフェロモンに顔を歪める。早く理央から離れなければと頭では思っているのに、朔の腕は彼を逃がすまいときつく抱きしめていた。
オメガの発情期を見たことはあったし、迫られた経験もある朔だが、これほどまでに強烈な匂いだっただろうか。
「嘘だ。発情期なんて嘘」
「落ち着いて。特効薬は持ってる? 早く打って……情けないけど俺がやばい」
「違う。嫌! 発情期は嫌だ!」
理性を奪うオメガのフェロモンの威力は凄まじい。朔は理央を落ち着かせて即効性の発情抑制剤である特効薬を打たせようと試みた。
しかし、肝心の理央の様子がおかしい。発情して我を忘れたわけではなさそうだが、錯乱状態に陥っている。朔が引きずられてアルファとして発情してしまえば、間違いなくこの場で理央を犯してしまう。それは何としても朔が避けたいことだった。
「離れて。くそ、誰かいないのかよ!」
理央を自分から引きはがそうと思っても朔のアルファの部分が許してくれない。徐々に朔の息も上がってきた。
このままでは最悪の結果になってしまうのは明白だ。
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