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Ⅰ
窓の外で緑の木々が晩春の風に揺れている。その傍らの席に座ってペンを握ったまま一人の男子学生が空腹と眠気に耐えていた。
さらさらと流れる黒髪は切りっぱなしで周囲の学生のように染めたり、パーマをかけたりはしていない。そんな金はもったいないからだ。
涼やかだと言われる切れ長の黒い目も、今朝の早朝のコンビニエンスストアでのアルバイトのせいで今にも閉じてしまいそうだった。
しかも、今は単位の数合わせに取っている一般教養科目の講義であるため、どうしても集中力は削がれがちになる。
大川朔が必死に眠気をこらえているのは、恵まれた体躯が目立ってしまうことが理由だ。身長が高めなだけでなく、特にスポーツをしているわけでもないのにバランスよく筋肉がついた体は人目を惹いた。
眠気のあまりイライラさえしてくる。今日は昼食を挟んで夕方までの講義を終えたら、大学の近くの居酒屋でのアルバイトの予定になっていた。
一人暮らしの安アパートに戻る頃には日付も変わっているだろうし、それから課題をこなすのはかなり骨が折れる。大学に進学することを決めた時から苦労は覚悟していたものの、二年目にして早くも限界を感じることが多くなった。
こんな日はあそこに行ってみよう。
朔には現在、大学構内に秘密の癒しスポットがある。何をするでもない、会話もなく触れ合いもない、ただ彼を見るだけの五号館から六号館への渡り廊下。
彼はいつも一人でその場所にいた。
ぼんやりと煙草を吸ったり読書をしたり、ノートに何かを書き留めていることもある。コンビニエンスストアの弁当やパン、スナック菓子を食べている姿も見かけた。
色素が薄く柔らかそうな髪の毛や同じように茶色い瞳はとてもきれいなのに、彼はほとんど表情を変えたことがない。顔立ちは全体的に幼くて、そばに行ったことはないけれど、朔よりもずいぶんと小柄でほっそりとしているのが解る。
大学構内には一号館から六号館までの建物のほかに本館、図書館が建っている。しかし、教授や学生が多く集まるのは五号館までで六号館は資料室や倉庫として使われていた。
講義の終了を告げるチャイムを聞いた朔は、講義室を出ると五号館の三階から六号館へと続く渡り廊下へ向かった。ここからは六号館の横にあるツツジや大きく育ったケヤキが植えられた小さな緑地が見える。
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