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「ええ、わかってます。麻倉さんはどうしても、あの絵を世に出したくはないんですよね?」
内山さんに問われ、私はもう一度、ギャラリーに入る前に見たあの絵を思い浮かべた。
祈るように夜空を見上げ、一粒の涙を零す絵の中の私は、儚くとても美しく描かれていた。こんなふうに自分を描いてもらえたことは光栄だし、単純に嬉しいと思う。
でも、あの絵の私は、本当の私じゃない。
あの時の私は、恋に破れたただの女だった。今振り返ってみても、あの夜の私は、悲しみや後悔や見えない相手への嫉妬……、そういった負の感情で全て埋め尽くされていた。
あの夜私が流した涙に、この絵のような美しさなんて欠片もない。
そして私は、他人の目を憚らず泣くこともある女だと、そんな弱い女だと、人には決して知られたくなかった。
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