第1章 砂漠の国

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 裸の背中を優しい腕に抱かれると、さっきとは違った意味で、涙が零れそうになる。 「オレは、イシュルに嫌いって言われるたびに、心臓が痛む」  そんなこと言うなら、イシュルだって、カイに身勝手なことを言われるたびに、心臓が痛い。こんなに胸が壊れるような思いをしたことは、ルティシアにいたときは一度もなかったから、カイといるのはイシュルの身体によくないような気さえしてくる。 「なんて求婚すれば、この気位の高いお姫様のご機嫌は治るんだ?」  「お姫様じゃない…」 「だけど、ルティシア皇帝は、オレがあんまりイシュルに手紙書いてたせいか、妃にしないかってイシュルと面差しの似た姫達の肖像画を幾人も贈って来てたぞ。…ああそうだな、無意味な身代金の要求なんかしないで、イシュルをオレのところへ遊学させてくれって、あの爺さんに手紙書きゃいーんだよな」 「……?」  いいことを思いついた、といわんばかりのカイと違い、イシュルはひどく驚いている。ルティシアの父がカイにそんなことをしていたなんて、夢にも知らなかった。 「そんなこと許される訳が…、父さまからはリアンへ行けと…」 「どーだろうな? ドーリア枢機卿は確かにリアン公国の有力者で、ルティシアにも利点があるからイシュルが行くことになったんだろうけど、もうイシュルはオレにさらわれてここにいるんだし、ドーリアの爺と比べてみても、オレがイシュルを望めば、オレのが魅力的に写るんじゃないのか? 神の国の枢機卿とは違っても、オレにもそれなりに俗世における力があるし、ルティシア皇帝は頭のいいご老人だからな」  そうだそう手紙を書こう、と、ご機嫌の猫のように、くすくす、カイが笑う。  …父の許可を得て、リアンの法王庁でなく、カイのところへ行く? 伝説の海賊王国レンティアへ? ちいさなころに夢みたように?  「…カイのところへ行って何をするの?」  「何でも? オレはよく知らないけど、留学生て勉強するのが仕事なんだろ? 陸が好きなら、レンティアで暮らしても構わないし、イシュルが嫌じゃないなら海で暮らせばいい。…好きに学べばいいんじゃないのか?」 「…イシュルがレンティアで暮らして…、カイに何かいいことあるの?」  そこがあまりよくわからない。
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