第1章 砂漠の国

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「今宵の宴には、海賊の王子様と王様がいらっしゃる。…何でも、恐ろしい海賊なのに、とても美しい御二人らしい…」 「…アウレリアの美姫をひとめで虜にしたと!」 「リアーナの哀れな幼い姫君の魂を、たった一瞬で奪ってしまったと!」 「なんと、恐ろしい! 心も身体も宝石も、なにひとつ海賊に盗まれたくなければ、今夜の宴にはでてはいけない」 「あら、残念! あなたじゃ、盗まれるものすらなくてよ! ああ、その宝石は危ないかしら?」  宮殿のそこかしこから聞こえてくる貴族の娘や、若い女官達のそれはそれは華やいだ囁き声をこっそり聞きながら、十歳になったばかりのイシュルは溜息をついていた。  …いいなあ。  イシュルも見てみたいなあ。  遠い国の、海賊の王様と、海賊の王子様…。 どんなお顔なんだろう?  どんな姿なんだろう?  手も足も、イシュルとおんなじ二本だろうか?  イシュルのお気に入りの絵本のなかの魔物のように、ツノがあったりしないのだろうか?  でも、イシュルは出られないんだろうなあ…。 「皇子殿下、お食事のお時間です」 「…うん…」  ああ、やっぱり。  イシュルは、宴には呼ばれないんだ。 やっぱり、今夜も、ここで、一人でお食事なんだ。  イシュルは、百人以上の妻をもつ、ルティシア現皇帝陛下の十七番目の皇子だ。  陛下が皇子ときちんと認めている男の子だけでも、イシュルを含めて、二十五人もいるので、皇子といっても、せめて五番目か十番目くらいまでの皇子でないと、ものの数のうちにも入らない。  淡い金色の髪に、砂漠の国ルティシアには珍しいほどの白い肌をイシュルが持っていて、もう四、五年もしたら、ひどく美しく成長する気配があったとしても、…イシュルは政略結婚の駒にできる皇女でもないので、御歳六十五歳の皇帝陛下も、それ以外の者も、イシュルのことを忘れがちだった。 美女好みのルティシア皇帝の後宮には、美しい皇子も皇女もあふれていた。 そうして、気の毒なことに、たくさんいるなかで、少しでも目立つ皇子は、よく死んだ。 ルティシアは『太陽の沈まない国』と歌われるほどの大国であり、王位争いは熾烈を極め、皇子の変死など日常茶飯事だった。 だから、なんの後ろ盾もないイシュルが、忘れられた皇子であることは、イシュルのちいさな命を守っていた。
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