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焦点のあってないような瞳の、美しい若い貴婦人もカイに気づいたようだ。
「…かーさま…、あの…ね…、」
「…あなたも一緒に唄う? イシュルより少し大きいくらいかしら…? あら、あなた、海の匂いがする…?」
どうやら、このご夫人は、この子供の母親のようだが、子供より、心が幼いらしい。
招かれもしないカイがここにいるという異常事態を、さして重くは受けとめていないようだ。
「…オレは海から来たから」
カイは応えた。
「そうなの? 綺麗な瞳をしたあなた、イシュルのお友達になってくれる…?」
ご夫人の心は、半分遠くにあるように見えたが、手を繋いでいるその金髪の子供をひどく案じているようだった。
「…かーさま…、困らせちゃ、ダメ…」
「…リナ様…、お薬の時間でございます…、リナ様…」
遠くで、女官の声がする。
探されているのは、カイではなくて、このご夫人のようだ。
「…ああ、うるさい人達が…、」
忌々しげに、夫人の細い眉が寄せられる。
「あなた…、私は戻るけど…、イシュルと少しお話してあげて?」
「…リナ…? オレの名は、カイだよ」
彼女と子供に、カイは自分の名を伝えた。
「…カイ? イシュルをお願 い。この牢獄のような宮殿で…、私のイシュルはいつも一人ぼっちで…、とてもとても寂しいの…」
「かーさま…、イシュル、寂しくないから…」
母親の白い手が、子供の金色の髪を梳く。
「…私のイシュルは、優しくて、強情で、少しだけ嘘つきなの。…意地悪な人達に、外に出してもらえないから、同じ年頃のお友達がつくれないの。…カイ、仲良くしてあげて?」
それだけ告げて、白いドレスの裾を翻して、女官のもとへと彼女は帰っていった。
花の咲き乱れる庭園に、カイと、金髪の子供を二人で残して。
母様が、知らない人に怯えて、悲鳴をあげたり、発作を起こして、お熱をだしたりしなくてよかった…。母においていかれて、どうしていいのかわからないものの、何はともあれ、まずはそのことに、気苦労の多い子供のイシュルは、ちいさな胸を撫で降ろしていた。
海の匂いがすると母が言っていた、黒髪の少年。
「…海賊、王子…?」
海から来たというなら、昨夜の話題の海賊王子だろうか、とイシュルは呟いてみる。
でも、この人が海賊王子なら、イシュルが、想像していたのと全然違う。
ツノもないし、尻尾もない。
それに、とっても綺麗な人だ…。
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